甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

古家電と24万キロと「憲法」

2016年07月14日 21時48分19秒 | 空を見上げて
 家電に購入日を書きこむのは、父伝授のやり方で、別に父にそうしなさいと言われたわけではありませんが、自然にそんなことをしています。

 父は日記にも家電にも、いろんなところに元号による日付を書き込んでいました。

 私は高校のはじめくらいまでは元号を使っていました。けれども、ある時、このままでは自分の中で歴史が分断されてしまうと考えて、西暦を使うようになりました(心の中で政府の決めた元号システムに従ってはダメだ。国際基準でなくちゃ! と思ったみたいです。イスラム圏や中国圏では、独自のカレンダーでやっているわけですから、そういうのもありだったわけですが、どういうワケか、西洋かぶれしたようです)。



 大正15年と昭和元年がだぶるように、昭和64年と平成元年はわかりにくくなっています。いや、むしろ今の若い人たちは積極的に平成を使っているような気がします。みんな平気というのか、あまり細かいことは気にしないというのか、体制順応型というのか、みんな平成で済ませています。まるで日本の歴史が現代史は28年間で、それ以前は古代史みたいじゃないですか?

 私は、過去も未来も現在も、すべてつながっているという歴史観で(?)、自分の歴史に断続点がないように、西暦で自分をくくることにしたんでした。元号がイヤになる年頃だったんでしょう。

 だから、高校から1970年までさかのぼり、たいていのことは西暦で記憶することにしたんです。

 それで、うちの掃除機は? 父と母が年末年始をうちですごそうとした時です。姪っ子が小さかったから、十数年前の12月にデビューしています。ということは21世紀になりたてだったか? まあ、それだけ頑張ったんですから、壊れても本望でしょう(だれが? わたし? 掃除機?)。

 奥さんが掃除機をかけていましたが、途中で私に変わって、ゴリゴリしていたら、コンセントのさしこむところが斜めになりすぎたのか、ショートとしてゴムのこげる匂いがして、それっきりになってしまいました。

 モーターはまだまだ元気なはずですが、それを支えるコードが焼き切れてしまった。うちの父なら新たにコードを作り直し、ビニールテープで修理してふたたび使うでしょうけど、私はそんな器用なことはできないので、掃除機さんはあきらめました。

 明日にでも新しいのを買おうと思います。



 今、ブログを書いていますが、蛍光灯は昨日、ブチッと切れたままつかなくなりました。光を出す部分までのプラスチックが3カ所くらいちぎれていました。蛍光灯を変えたのはいいけれど、短いのを買ってきてそれをそのままセットして、麻紐でグルグル巻きにして使っていた蛍光灯です。土台とスタンドの部分もちぎれていて、昔はガムテープでくっつけていたのですが、そのガムテープもはがれて、いつも持ち運ぶときに空中分解するような、満身創痍の蛍光スタンドでした。

 それも、とうとうつかなくなったのが昨日でした。それで、三千円くらいのLEDスタンドを買ってきて、その下で書き込んでいます。なかなか明るいですよ。



 そんなこんなのズタボロの日々です。他にこわれたものってあるかな? あるような気もしますが、思い当たりません。

 タイトルに書いたけれど、愛車は24万キロで、毎年2万キロずつ走っていることになります。これでこの夏、東北まで走るという計画もありますが、大丈夫かな。まあ、一度だけ調子の悪いことが突然起こりましたが、あれ以来不調にならず元気です。坂道を上がるとき、オートマなのにズルズル下がるところはあるけど、まあ、なんとかやれる気がします。



 そして、今朝の天皇様の御退位のこと、少しビックリでした。お体も大変なのだと思いました。でも、確かに憲法のワクの中で、象徴天皇としてやってこられた28年間でしたね。それを無にしようとするとんでもないヤカラが近ごろ目立つので、何かのメッセージを伝えようとされたのかもしれない。

 下々の者は、天皇様のお気持ちがなかなかわからないですけど、天皇様らしいやり方での発信で、ありがたいことだと思います。もっと私たちは天皇様のお心をくみとらねばなりませんし、それをみんなにも伝え、話し合わねばならないと思います。

 若い人は、「どうしてあんな特権階級がいるんだよ」と不平・不満を持っているかもしれません。確かに立派な御所にお住まいで、皇居はとてもステキな森だと思います。でも、それは仕方のないことなのです。それなりにずっとお仕事をされているのであり、遊んでおられるのではないのです。そこをもう少しシンプルに教えてやらないと、今の若い人たちは勘違いしているように思います(考えてみれば、天皇制度って、不思議なシステムではあります。でも、とにかく千数百年の歴史の上でのシステムだから、それを守っていくしかないのです。急にアメリカ、フランスにはなれません)。

 今の世論は「憲法なんて改定していいんじゃないの」が5割とかもいるそうです。そういう人たちと改めて憲法を学び直す必要があります。あまりに当たり前すぎて、社民党の人たちしか「守れ」とは言わないけど、あの人たちはどうして守らねばならないのかを説明するチャンスがないので、何だか狂信的に見えてしまうけれど、本当はちゃんとした理由があるわけです。それをあの人たちとは切り離して、ピュアな気持ちで学び直したいです。学校でもちゃんと憲法の役割を教えて欲しいです!



 民主主義71年の歴史をちゃんと、みんながいつも検証でき、かみしめられるようにしなくてはいけません。ポッと出のボッチャン野郎(祖父のロボット?)に負けてはならない。憲法は何百万という日本人が亡くなった上で、その反省から生まれたものであり、私たちの宝だと思います。

 当たり前すぎて、中国の人とか、北朝鮮の人には奇異に見えるかもしれない。アメリカの人にも、君たちだけ独善的だと揶揄されつづけてきました。でも、だれが何と言おうと、独善であろうが何であろうが、そんな融通の利かない国があってもいいのだと私は思います。



 世界で戦争が無くならないから、国際連合として戦争をなくす行為に参加しろ! と言われても、宝物の憲法があるから、ノーと言えるのです。今まで国連の戦争で、ぜひ行わねばならない戦争が本当にどれくらいあったのでしょう。たぶん、知恵があれば避けられた戦争だってあったのではないかと思います。

 家電が壊れたことと憲法、全く関係ないけど、天皇様には感心しました。そして、お体を大切にして欲しい。これ以上無理をお願いするわけにはいかないと私は思います。

 数年後と言わずに、来年でも、再来年でも、区切りのいいところで引退されたら、それはなかなかいいですね。もう大変なのだと心配してしまいます。


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