「崖」 石垣 りん
戦争の終り、
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。
美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。
とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)
それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。
(詩集『表札など』・1968年刊)
うちに、ちくま文庫で「ユーモアの鎖国」(1973初出)、「焔に手をかざして」(1980初出)の2つの石垣りんさんの散文集があります。
そこに以前図書館廃棄本でもらってきた本「夜の太鼓」(1989)が増えて、これがりんさんの第三エッセー集なんだそうで、今はこれを少しずつ読んでいます。
それで、ふと思いました。いつから石垣りんさんを知ってたかなと思ったら、たぶん70年代の真ん中くらいなんじゃないのかと気づいたのです。
最初の出会いが、「崖」でした。
強烈な出会いでした。サイパン島の北端の断崖絶壁から、追い詰められた日本の兵士でない人たち、女性たちもたくさん、そういう人たちが「バンザイ」と叫びながら、崖から飛び降りた姿、米軍の記録フィルムなのか、それともウソなのか、たぶん、リアルの映像だったと思われますが、みんなが何も疑いのないような感じで、とことん追い詰められて、やむにやまれず飛び降りた姿。
強烈に印象に残り、それをことばにしてくれてたのが、この詩でした。
りんさんの思いと同じように、その時から二十年ほど経過していても、まだ私たちの心の中にも女性たちは飛び降り続けているし、今も、追い詰められてどこかですべてを投げ出している人たちがいるんじゃないか。
そんな思いにさせてくれる詩でした。
この詩に出会ってからはもう、どんなに立派なことばも、どんなにスバラシイ政策も、すべてがウソのように見えた。
すべてがウソばかりで、真実は宙ぶらりんのまま、誰にも知られず、思いはとどまったまま、だれにも届かず、モヤモヤしたまま、私たちも、その時の人たちも浮かんでいたのです。
この詩に出会ってから、四十年以上が経過しています。今も私は石垣さんの作品を読ませてもらっている。
「夜の太鼓」は、そんなに戦争のことは描かれていない感じです。でも、戦前戦後と今も状況としては変わらないし、怪しい奴らこそが世の中の実権を握っている。そして、次から次と、ふつうの人々を彼らの考えるワクの中に追い込もうとするでしょう。それを背景に書いておられる気がする。まだ半分にも届いてないけど、チビチビ読んでいきます。
★ いまはとて 島果ての崖 踏みけりし をみなの足裏 思へばかなし(美智子様)
2005年6月、天皇皇后両陛下は戦後初めてサイパン島に慰霊の旅をなさったそうです。その島の北端のバンザイクリフでお祈りされている場面、私も見させてもらいました。その時の皇后さまの短歌がこれなんだそうです。
石垣りんさんの女性たちは、今も無念で空中にさまよっているし、美智子さんは女の人たちの足の裏が見えるような気がしたのを詠んでおられる。
どちらも宙ぶらりんの女性たちの悔しさを思いやる内容でした。そりゃ、石垣りんさんの方が鋭いし、真実をえぐっているけれど、美智子さんも、お立場があるのに、踏み込んだ内容を詠まれています。さすがでした。というのを、帰りのラジオで聞いて、感心したのでした。いつのことだったか、とにかく最近聞きました。[2019.7.1]