ついさっきまで広島カープの優勝中継を見ていました。昔みたいに感動しなかったけれど、それなりに私は応援していました。でも、何だか昔みたいな感情移入ができなくなりました。どうしてなのかなあ。
先取の皆さんたちも、みんな着実に伸びてきた若手の人たちなのだと知りました。みんな足が速いし、みんなよく打つし、ピッチャーもねばり強いのです。私のごひいきの阪神タイガースとは雲泥の差です。
25年前といったら、私が日本のプロ野球に興味を失って、メジャーリーグに傾いていたときでした。当時は、夕方の六時くらいからBSで野球の録画を流してくれていて、それを見て楽しんでいたんでした。そういえば、三重県に来てまもないころでした。
21世紀の初めに、タイガースは2度ほど優勝をしましたが、星野さんと岡田さんの時でしたけど、あれからまた長い低迷期に入っています。もう、どうなろうと、あまり私には関係ないし、広島が勝とうと、ソフトバンクが日本一になろうとも、そうなんだということで、すぐに記憶の彼方へいくことでしょう。何だか、せっかくのお祭り騒ぎもあまりに遠くて、あまりに関係がなく、すぐに忘れてしまいますね。何だか悲しいな。
大府駅で乗り換えて、熱田まで普通で移動しました。お客もそれなりで、楽しく本なんか読んで過ごしました。
そこからずっと熱田神宮の森の東側をどんどん道路に沿って南に歩きました。
1キロくらい歩いたら(もっと?)、やっと森に入る東口が見つかって、ここから中へ入りました。だれもいないのかと見ていたら、森の中には参拝のお客さんがたくさんいました。どうやら熱田神宮にJRで行く人はあまりいなくて、名鉄か、西側の地下鉄か、それともお車か、そういう手段で来ているらしい。
私は、ただ1人のJR利用の参拝者でした。
どこの神社でも、有名なお社にはたいてい中国の参拝者がいて、この人たちは、物見遊山で来ておられる。日本の参拝者も、それほどの信仰心があるわけではないので、区別するわけにはいかないし、日本の神様は、祈る気持ちさえあれば、だれだってウエルカムで、ホイホイと迎え入れていました。
この中国の家族連れのみなさんは、ものすごいパワーとものすごい好奇心と、やたらめったらの騒ぎ性で、もう境内は落ち着きのない空間になっています。ああ、奇跡の神宮の森なのに、この始末です。
私は、とりあえず参拝し、社殿のてっぺんだけを撮らせていただき、ありがたい気持ちになりました。そして社殿のうらを時計回りにまわる道を見つけて、クルリと回らせていただきました。
水のわき出るところがあり、当然神様がまつられています。
立派なクスノキがあって、当然信仰の対象になっています。それくらい太くて表情のある木でした。
信長さんが作ったという塀も見ました。本当は職人さんや雑役の人たちが作ったはずですけど、信長さんの力によってできた塀が今も残っています。
夕方になったので、名古屋駅にもどったら、調べていた電車よりも早い時間帯の「四日市行き」の普通に乗り、木曽川を渡って、私は三重県に戻った来たのでした。
ああ、何をしているのやら……、つまらない写真だけが、どんどん増えていきます。どんどんデータを消さなければいけないのが、つらいですね。
先取の皆さんたちも、みんな着実に伸びてきた若手の人たちなのだと知りました。みんな足が速いし、みんなよく打つし、ピッチャーもねばり強いのです。私のごひいきの阪神タイガースとは雲泥の差です。
25年前といったら、私が日本のプロ野球に興味を失って、メジャーリーグに傾いていたときでした。当時は、夕方の六時くらいからBSで野球の録画を流してくれていて、それを見て楽しんでいたんでした。そういえば、三重県に来てまもないころでした。
21世紀の初めに、タイガースは2度ほど優勝をしましたが、星野さんと岡田さんの時でしたけど、あれからまた長い低迷期に入っています。もう、どうなろうと、あまり私には関係ないし、広島が勝とうと、ソフトバンクが日本一になろうとも、そうなんだということで、すぐに記憶の彼方へいくことでしょう。何だか、せっかくのお祭り騒ぎもあまりに遠くて、あまりに関係がなく、すぐに忘れてしまいますね。何だか悲しいな。
大府駅で乗り換えて、熱田まで普通で移動しました。お客もそれなりで、楽しく本なんか読んで過ごしました。
そこからずっと熱田神宮の森の東側をどんどん道路に沿って南に歩きました。
1キロくらい歩いたら(もっと?)、やっと森に入る東口が見つかって、ここから中へ入りました。だれもいないのかと見ていたら、森の中には参拝のお客さんがたくさんいました。どうやら熱田神宮にJRで行く人はあまりいなくて、名鉄か、西側の地下鉄か、それともお車か、そういう手段で来ているらしい。
私は、ただ1人のJR利用の参拝者でした。
どこの神社でも、有名なお社にはたいてい中国の参拝者がいて、この人たちは、物見遊山で来ておられる。日本の参拝者も、それほどの信仰心があるわけではないので、区別するわけにはいかないし、日本の神様は、祈る気持ちさえあれば、だれだってウエルカムで、ホイホイと迎え入れていました。
この中国の家族連れのみなさんは、ものすごいパワーとものすごい好奇心と、やたらめったらの騒ぎ性で、もう境内は落ち着きのない空間になっています。ああ、奇跡の神宮の森なのに、この始末です。
私は、とりあえず参拝し、社殿のてっぺんだけを撮らせていただき、ありがたい気持ちになりました。そして社殿のうらを時計回りにまわる道を見つけて、クルリと回らせていただきました。
水のわき出るところがあり、当然神様がまつられています。
立派なクスノキがあって、当然信仰の対象になっています。それくらい太くて表情のある木でした。
信長さんが作ったという塀も見ました。本当は職人さんや雑役の人たちが作ったはずですけど、信長さんの力によってできた塀が今も残っています。
夕方になったので、名古屋駅にもどったら、調べていた電車よりも早い時間帯の「四日市行き」の普通に乗り、木曽川を渡って、私は三重県に戻った来たのでした。
ああ、何をしているのやら……、つまらない写真だけが、どんどん増えていきます。どんどんデータを消さなければいけないのが、つらいですね。