甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

小菊の咲くところ 最近の俳句から

2019年12月10日 05時09分57秒 | 俳句や短歌たまには詩

 本気で「おーいお茶大賞」狙っているんですけど、なかなか、難しいだろうな。でも、とりあえず、最近少しだけ自分をそぎ落とすことを念頭に入れて五七五しています。

1 哲さんに人知れず泣く冬の夜(12/8)
 おととい、中村哲さんは無言の帰国をされました。いつか、こんなこともあるだろうと思いつつも、まさか自分のような存在が、こんなめに遭うとはと、ご本人も残念だし、アフガニスタンの人々も悔しかったことでしょう。

 世の中には、混乱こそ自分たちの望んでいたものと、人々が逃げ惑うのを喜々として受け入れる人たちがいるようです。混乱に混乱を重ねて、自分たちの変な理屈を通そうとする人たちです。彼らは今もアフガニスタンをそんな国に戻したいと思っている。世界は、そういう混乱を見てみないフリをして過ごしている。

 ホルムズ海峡には、世界から監視の目を注がれる(というふうにさせられている)のに、アフガニスタンは山がちだし、石油も出ないし、人々は貧しいだけだし、観光地としてもいいところはないし、みんなから放置されるのは当たり前だと偉い人たちは思っている。

 たまたま医師として入ってしまった中村哲さんは、何十年も現地で活動を続け、医師としては限界があるから、人々の暮らしを守るためと、水路づくりを始めました。今もその途中でした。その途中で、こんなことになった。

 それは、そういうことも予想できたけれど、だからこそ悲しい。何もできなかった自分たち。テレビのインタビューで、たまたまマイクを向けられたおじさん(関係者ではないと思います)が「何度も泣きました」と語っておられた。みんな口には出さないけど、心の中で応援してたんだと思いました。

 私は、新聞とテレビとで哲さんのことを見聞きしてただけでしたけど、哲さんのサポートをどれだけできたか、今さらながら反省したのでした。


2 秋の海思い出は光の照射を受けて(11/22)
 先日、熊野に行きました。奥さんと二人で七里御浜のとっかかりの海を眺めました。こうしないといられないくらいに、ここから見る海は好きでした。

 熊野の海は、三十年前からのつながりでした。こちらに住んだこともありました。

 近ごろ、何かとセンチメンタルで、思い出ぽろぽろなんですけど、そうした私の思い出を、何やってんだよ。そんなにメソメソするな! もっとこれからもがんばれ、という感じの太陽を受けて、確かに、思い出も大事ではあるけど、それだけではいけない。前向いていかなくちゃ! という気分もあって、光に照らされているうちに、ちゃんとその光の中を歩いていかなくちゃ! と思ったんです。


3 友だちにミカン届いて光る海(11/22)
 熊野に行った折、親戚とか、この夏にお世話になった友だちに、三重県のミカンを送りました。そしたら、久しぶりに友だちとまた電話などでやりとりもできて、その度にまた、私たちの心の中に熊野の海が広がるのでした。

 それを何とか五七五にしようとして、少し無理がありますし、うまく伝わらない感じもあります。もう少し考えないといけないな。日記俳句です。


4 再会を期して小菊の分岐点(11/7)
 この秋、いつもと違って、いろんな人に会えました。そして、今度いつ会えるかわからないけど、またいつか会いたいと漠然と思っています。でも、それではなかなか会えなくて、自分から積極的に、今度三重県に来られるんだったら、一緒に飲もうとか、自分から働きかけたら、友だちも時間を作ってくれました。

 モタモタしててはダメなんですね。でも、会えたって、それですべてが解決というわけではなくて、また別れなくてはならない。というんで、駅で別れたりしましたっけ。それが「小菊の分岐点」なのかぁ。よくわからないけど、そういうものを見て、ハッとひらめいたんだと思われます。どこで見つけたんだろう。


5 にぎやかさ道なり人なり秋の暮れ(11/7)
 高三の時の古典の先生のおことばで「人となり(為人)」というのが印象的だったと同級生の友だちに教えてもらいました。全く覚えてなかった私は、ただポカーンだったんですけど、改めて古典の先生(先生も実は高校の先輩でした!)から教わってた自分たちというのを見直しました。その未熟さを許し、いつもさあ頑張れと励まされてたんだとようやく気づくことができた。

 「為人」って、その人の持って生まれた資質と辞書にはありますが、私はてっきりその人が成長の段階で自らに築き上げてきた素養みたいなもの、という印象がありました。間違って覚えてたみたいです。でもまあ、その人の持っているものということでは同じかな。

 友だちから教えてもらったり、梅田の街並みを歩いたり(そこはもう私の知らない土地のようだった)、あれこれしながら、私の道を歩いていかなきゃいけないし、みんなともつながっていたいし、みたいな気分と、一人で歩く寂しさとを織り交ぜた五七五でしたけど、うまく伝えられてない感じもする。

 もうしばらく考えてみるかな。

 あれ、小菊って、アフガニスタンに咲かないかな。アフガニスタンにはどんな花が咲くんだろう。


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