高校の中には、大きなメタセコイアが二本あった。生物の先生が赴任の記念に中庭に植えたということだった。二十年ほどで校舎の高さを越して、中庭は足を踏み入れるのが少し怖いくらいの深い森になっていた。メタセコイア以外にどんな木があったのか、よくわからない。
中に出るためには、職員室に一つと、あともう一つ出入りするところがあるだけだった。先生方としては、気分転換のできる中庭というか、ものすごいオアシスと同居している感じだったろう。そんな職場にいられるって、うらやましくなるくらいだ、もう今はないのだけれど……。
私は、おかげさまで、高校に入ってすぐにメタセコイアという木の名前を憶えた。その木はとても成長が早く、コンクリートの建物を飛び越える力を地面からもらっていたのだと思う。
自分たちが卒業する当たりで、校舎はやがて建て替えられるという計画は聞いたことがあったように思う。
けれども、まさか、この大木は伐られないのではないか、と甘い考えでいたが、中庭とそれを取り囲む校舎がグラウンドになるという計画だったとは知らなくて、何もかも取り払われ、二十数年の木なんて、簡単に取り払われたことだろう。それが校舎の建て替えであり、過去の校舎などはすべて跡形もなく消え去る運命だった。
それほど広い敷地ではなかった私の母校は、当時はいくつものエアポケットがあって、校舎の裏の庭で、しかも塀に囲まれている、誰もあまり足を踏み入れない不思議なところがあったように思うが、すべてはあっさりとしたグランドになり、今までグラウンドだったところは、大きな赤っぽいコンクリートの建物になった。大通りからはそびえる校舎が誇らしげだが、通りに向かってオープンに開かれていた校舎がなくなって、何だか閉鎖的な建物になった。
通用門が生徒たちのメインの入口で、そこから少し外れたところの塀は、生徒たちがよじ登る不思議なひっそりとした(第三の)入口であったのに、それらは白日の下にさらされ、だれも利用できなくなった。
そう、何だか、塀に囲まれた、少しご立派な建物になったのかもしれないが、みんなが見上げるような建物ではなくなってしまった。
みんなから見られることを拒否して道から突然吹き上がったような建物は、みんなから憧れられなくなり、教育委員会のいいようにさせられ、いろんな条件を飲まされ、改革という空疎なシステムが張りめぐらされ、みんなが避けるような存在になってしまった。
かくして、高校改革の大波を受けて、どこかに沈没してしまっている。甥っ子は、今もそこに通っているけれど、「あそこの先生たちはダメ、予備校の先生たちの方がいい」なんて言って、曜日によっては学校に行かなくなってたりする。
そういうのも許すシステムにするから、そんなことになるんだろう。生徒の支持のない学校なんて、どんな意味があるんだろう。
メタセコイアは、伐ってはいけない。
できれば、大きく伸びることを考え、いつまでもそこにあるように、みんなが育てなきゃダメだ。木を伐らない学校、そんなところって、あるんだろうか。あるのかもしれないな。