講談社文芸文庫で出ていたのを、ようやく手に入れたのはいつのことだったかな……。
昔は恋い焦がれて本を買いました。やっと手に入れたという満足感やら、中身を読まないのに、本を書棚から出し入れしたり、そんなつまらないことをしてウキウキ気分だけを味わっていた。
今は、そんなことはしません。本も買わないし、新刊なんて絶対買わない。本は、あこがれのものではなくなった。おそらく、音楽もそんなものになってしまった気がする。オマケつきでCDを売るアイドルビジネスもつい何年か前まではあったけれど、もう今の若い人には通用しないかな。
若い人には、本も音楽も、スマホという機械の中で手に入れるものになってしまいました。昔は、本も音楽も、手に入れたり、所有したりする楽しみがありました。つまらない楽しみだったけれど、それが1つの目的になっていました。
今は、そんなモノにこだわる物欲や欲望は、捨て去られてしまった。もう、若い人たちは、そんなに欲しいものなんてなくなって、スマホの中で、見たり聞いたり、その中に取り込んだり、すべて集約している。ものすごく便利だけれど、ものすごく味気なくなりました。
本もCDも、1つの総合芸術でしたが、そんなものは何の価値もなくなってしまった。
この「あこがれ」は、モノが何もなくて、みんな貧しくて、みんな何も持っていないし、みんな何かを探していた時代のお話でした。
少年は中学生、あこがれの女の子は、東京から疎開してきた子で、年上の高校生、でも、お父さんは戦争で亡くしています。少年は、江ノ電が走っているどこかに住んでいて、近所の女の子と通学の時、お互い別々のホームにいるのを見ていました。どこかで何となく知り合えたのか、会話をすることもアルみたいだし、朝、駅までの道を同じように急ぐこともあったようです。さあ、少年は家を出ました。今朝は、女の子でに出会えるのでしょうか。
その朝、彼女がちょうど門から出てきたところへ少年が行った。少年の心はおどった。まだ二十メートルもはなれていた。その二十メートルを彼はうつむいて歩いた。
彼女は門のそばの石垣にもたれるようにしていた。――頭をかしげて、年上らしい落ち着いた目をして。
「おはよう。」
彼女のほうから大きな声でいった。
少年はもっと近づいてから、それも小さな声でしかいえなかった。彼は何かいわれてもただおどおどするだけだった。そしてひどく急ぎ足になった。
彼女は小走りしながら腕時計を見た。
「何分の電車に乗るの? おくれそう?」
「さあ、どうかな。」
彼は逃げるようにして、わき目もふらずにとっとと歩いた。
「じゃあ走れば。いっしょに走ってあげる。」
そこで彼は走りだした。これはおかしなことになったと思いながら。
彼女も走ったけれど、たちまち少年にひきはなされた。彼はかまわず走りつづけた。走りながらやっぱりどうしても彼女が好きなのがわかった。好きだ。彼はうしろも見ずに走った。
彼女は途中でのびてしまっていた。少年がふりかえると、手で小さなバイバイをして先に行けといった。
「おくれるといけないわ。」
で、彼はまた走らなければならなかった。
★ 女の子って、たいして好きでもないけど、とりあえず近しい人には優しい態度を取ります。それが愛なのか、ただの女の子のたしなみなのか、ただの興味本位か、それとも挑発か、女の子本人もわからない時だってあるでしよう。意識してする時もあるでしょう。
そして、男の子は、その女の子のためなら、どんなことをしてもいいし、その女の子と一緒にいられる時を求めようとする。それがお互いに良かったなら、それでいいけれど、あまりいいものを生み出せないなら、女の子から遠ざかるということもありでしょう。
かくして、男と女のいろいろなドラマが生まれるわけですね。私はあまり関係ありませんでした。
でも、その不思議さを、人様で見ていきたい気はしています。自分は、もう体力・気力ともにありません、残念ながら……。