昨日、そんなに早く寝たわけではないけど、もう目が覚めてしまいました。
朝からテキトーなお絵かきだってしました。わりとイメージに近いのが描けたけど、もっと背景を暗くすればよかったかな。
気持ちは暗いんですよ。何が暗いって、パソコンの前でテキトーにやってると、忘れてるけど、そんなことしてないで、もっと活動しなきゃと思ったら、その途端に、ガクーンとなるのです。
立つのがしんどいし、左右の動きが緩慢だし、瞬時の反応はできません。そうか、これが左ひざだから、まだ運転できるけど、うちのクルマがミッションだったら、ギアとか入れ替えられませんでしたね。……もともと、ミッション車って、不条理で、どうしてこんなに面倒なんだろう、とか思ってたから、オートマだからいいんだけど、どんくさいオッサンなのに、とんでもないことになりました。
何事もヨボヨボしながら動いています。何か悲しいです。
ボクの体は、ボクの願いや生物としての動きをそんなに許してくれない今になっている。ボクって、脳みそがボクなのか?
いや、このうまく動けない左ひざ、ほんとうにポンコツロボットみたいに、ポンコポンコしてるのに、ボク自身は、ああ、なかなか今の自分にふさわしい動きをしているなあ、という気もするのです。
この左ひざそのものがボクである、という気もしました。それを、脳みそ部分では、何だよ。ちゃんと動けないよな。とか、文句を言っている。
このギクシャクしたところ、たぶん、今までだっていろいろな場面でギクシャクはあって、こうしたいのにあんなことを言ってしまったとか、ここまで飛べるはずなのに、これだけしか飛べなかったとか、自分の体を腕だけで持ち上げたいのに、腕がとても支えられなくて、握っている鉄の棒を放してしまうとか、ギクシャクは昔も今もこれからも続くんでしょう。
そうでした。私たちは、ギクシャクの上で微妙なバランスを取りながら、自分というものを作っているんでしょう。
ボクはここにいます。でも、そのボクという実体は、実はいろいろに引き裂かれながら存在している。他人にはそれは見えなくて、ただ、「あいつ、あそこで何してるんだ」というふうに見えるだけです。
ボクは引き裂かれている。ボクは他人に伝えることで、ボクの一端をアピールすることができる。それはボクそのものではなくて、虚像みたいなものです。でも、ボクであることには変わりはない。
ああ、ボクはここにいる。でも、膝は痛い。立ち上がれない。目も悪くて、ローガンです。まさか、古いアメリカの大統領じゃないんだから、ちゃんとものを見なくちゃ!
うん、それは分かってる。うまくコントロールできてないね。何年ボクというのをやってるんだろう。もう少しボクと仲良くします。膝、どうしたらいいかな。