甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

須賀川 その1

2019年09月05日 18時20分13秒 | 芭蕉さんの旅・おくのほそ道ほか

 このブログの中では、かなり昔に白河の関を越えました。芭蕉さんに遅れてしまって、しかも自分が東北の旅をしてしまって、モチベーションは低くなってしまいました。

 もう東北はシンミリ寒くなっているのかもしれません。ついこの間まで、いや、今日だって三重県では昼間はとてもしんどい暑さでした。でも、朝と晩は秋みたいです。

 私は、この夏、まったくお腹に何かかけて寝なかったのですが、今晩からフトンを出して寝ようと思います。せっかく出したとしても、すぐに蹴っ飛ばしたりするかもしれないけど。

 須賀川に行ってみることにします!

 とかくして越え行くまゝに、あぶくま川を渡る。左に会津根(あいづね)高く、右に岩城(いわき)・相馬・三春の庄(しょう)、常陸(ひたち)・下野(しもつけ)の地をさかひて山つらなる。かげ沼といふ所を行くに、今日は空曇りて物影(ものかげ)うつらず。

 あれやこれや、いろんな人たちの白河の関越えを追いかけ、自分もいっぱしの旅人になった気分で、思い入れたっぷりに白河の関を越えました。

 とはいうものの、今となっては、どこが昔の白河の関だったのか、はっきりしなくはなっています。でも、とにかく、そこを通ってみちのくの世界へ分け入ろうとしている私たちなのです。

 そして、歌枕に知られた阿武隈川を渡りました。

 あたりを見まわしますと、左手には会津根の名に知られる磐梯山が高くそびえています。右手には岩城・相馬・三春の庄と続き、常陸・下野の地との境をなして山々が連なっているようです。

 話しに聞いていた影沼という所を通りましたが、今日はあいにく空がくもっていて物影が映らないのです。少し天気に突き放された気分です。まあ、そんなこともあるでしょう。それが旅なんですから。




 すが川の駅に等窮(とうきゅう)といふものを尋ねて、四五日とゞめらる。先づ「白河の関いかにこえつるや」と問ふ。

 須賀川の宿場で、弟子の等窮というものを訪ねました。そこに数日泊めてもらうことになります。

 そうすると、彼は「お師匠さま、どんなふうにして白河の関を越えてこられたのですか。どんなお気持ちになられたのです。」と訊いてきました。

 まあ、礼儀として訊いてくれたのかもしれません。私たちにとって、白河の関というのは、見るところではなくて、何か感じなくてはいけないところになってしまっています。それくらい、たくさんの昔の人々がここで自らに問いかけたことでしょう。

 実は私は、句を読まないで、同行する曽良に句は任せたままでした。困りましたねえ。



 「長途(ちょうと)のくるしみ、身心(しんじん)つかれ、且つは風景に魂うばゝれ、懐旧(かいきゅう)に腸(はらわた)を断ちて、はかばかしう思ひめぐらさず。
  風流の初めやおくの田植うた

 こちらまできた旅の疲れもありました。身も心もくたびれてはいたのです。

 それから、旅先で目にするいろんな風景に心は奪われますし、あれこれと思いめぐらすうちに、気持ちの整理ができなくて、しっかりとまとまったものができませんでした。だから、こちらに来させてもらった挨拶の句も作れていないのです。

 では、あなたにお会いしたのをきっかけに一句詠んでみますかね。

  私たちは、古人の風流・風雅を求めて、このみちのくの旅に出たわけなのです      が、その一番最初のものとして取り上げておきたいし、これから何度も目にすることになる田植えをする人々の仕事歌でした。今まさに夏になろうとしているのですね。


 こんなふうに、芭蕉さんに連れられて旅してみると、自分の旅も鮮やかになるし、芭蕉さんほどの光と影はないのですが、それなりにコントラストが見えてくる気がしました。

 須賀川の稿はまだ続きますが、なるべく早く書きつないでいこうと思います。

 

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