甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

二月も半分過ぎました!

2024年02月16日 21時01分58秒 | 芭蕉さんの旅・おくのほそ道ほか

 二月はにげる、というけれど、ついこの間節分だとかなんとか言ってたような気がしたんだけど、怖いくらいにこの時期の回転の速さです。こんなに目まぐるしく時間は過ぎていくのに、ニュースときたら、政治はウラガネだし、スポーツといえばオオタニくんだし、何もかも話題がないみたいに進んでいます。

 あれこれあるように見せかけて、結局何も変わっていないだけです。大谷くんはきっと頑張るだろうし、政治の低迷は続くでしょう。政治家たちと大谷くんを同じ次元にしてしまうのは、大谷くんに失礼だけど、マスコミの人たちにはこの話題でいいだろうという意識が見え見えです。何も本当のこととか、本当に大切なことは何一つ伝わらないままです。

 いろんなところで大変だったとしても、「大変ですね」と傍観者的であって、だったら、どうしたらいいのかという提案がない。そして、つまらない決まりきった番組を流して、誰からも見向きもされないように努力しているようです。

 テレビの人たちって、もう諦めているのかもしれないな。そして、何を伝えたいのか、わからなくなっている気がします。仕事だから、続けてやってかなきゃいけないけど、やりたいことがやれないようじゃ、そのうちなくなるかもしれない。まあ、それもいいか……。



 嘆いても仕方ないから、芭蕉さんを見てみましょう。お正月の句です。二月ですけどね。

 門松やおもへば一夜三十年

 立ち並ぶ門松を見ていると、昨日までの喧騒がうそのようで、まさに大晦日の一夜は三十年にも匹敵するかと思われる。

 何をテーマに書いているんでしょう? 実は、平安時代のことです。あの菅原道真さんの没後、京都北野の右近の馬場に一夜で千本の松が生えたという「一夜松」の故事(太平記)があったそうです。

 お正月を迎えるとなると、家々で門松を立てる。それがまるで急に松が生えてきたように見えたという見立ての句なんですね。家々の門松から「一夜松」の故事を連想し、自分の年齢(三十四歳)も踏まえて「一夜三十年」ということは、大晦日の夜からいっぺんに歳月が過ぎて、あっという間にこの年の私になってしまったという、一つ年を取ることの重みみたいなのを込めた、そんな句でしょうか。



  叡慮(えいりょ)にて賑(にぎわ)ふ民(たみ)の庭竈(にわかまど)

 天皇の思し召しにより、民の暮らしもにぎわい、家々では庭竈を囲む団らんが行われている。

 これは何の句でしょう? あの、仁徳天皇の有名なお話なんですね!

 仁徳天皇様の、「高き屋に登りて見れば煙立つ民の竈はにぎはひにけり」(新古今集)がベースになっているようです。ふと外を見たら、夕ごはんの支度の煙が立っていないのを心配された天皇様は、人々の暮らしのために税負担などを軽くし、生活のサポートをした。そうすると、人々の煙が立つようになったというお話をもとにしています。

 芭蕉さんは、もともと古典を求めてる人でしたけど、新古今集も読んで、いろんなエピソードを自分のものとして作品に生かしていったというところなんですね。

 ネタとしてはそれでいいけど、昔の作品作りって、日常から生み出すこともあったでしょうけど、古典ネタもたくさんあったらしい。そりゃね、一から作り上げるのって大変ですからね。

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