進化する怪物たち

夢は母親塾

第5話 おっぱいの味ちがうの?

2008-06-08 21:56:04 | 子育て
第5話 おっぱいの味ちがうの?

 どんな事をしても母乳育児がしたかった。・・・その訳は 
 子育てに自信が
 なかったからです。母ちゃんが読んだ本によると 
 
 母乳で育てた子供は
 性格が 穏やかで大きくなっても手がかからない。

 この言葉にすっかり その気になってしまった母ちゃんでした。

 そもそも 母乳って まあ一種の体液ですよね。
 ほら 血液と同じで 液体の流れがあるってことですよね。
 その通り道は 最初から女性の体の中にできている
 わけではなく 出産と同時に じわじわと 通り道ができてくる。
 最初は 細くてうまく流れない 少しずつでもその通り道が
 広がれば 通るようになる。

 でも最初は 赤ちゃんの吸う力が弱くて
 なかなか でない。その上 現代はカロリーの高い
 食事をするから 体はどんどん母乳を作るけど
 出口が ふさがっていて どんどん溜まってしまって
 今度は どろどろになってよけいに
 流れが悪くなる。
 赤ちゃんは 出ないから よけいに泣き出す
 仕方ないから 簡単にでるミルクを飲ます。

 だいたいこのへんで ほとんどの人があきらめて
 しまう・・・

 まあ 母ちゃんは その本を読んでそう 理解したんです。

 でもね 実感だったんですよ。カロリーの高い
 チョコレートを食べると 胸は パンパンに硬くなるけど
 押出さないと なかなかでないんです。
 最初のほうは 溜まってしまって おいしくないので
 少し 絞りだしてから 赤ちゃんに飲ましたほうが
 いいんだって 思っていました。

 同じ甘いものでも アンパンなら
 あまり 硬くならないって感じでした。
 おかげで よくアンパンは 食べました。

 あとは 洋食より やっぱり和食が
 いいって・・・。

 でも きちんと食事を作る事ができなかったので
 ただ ひたすら ほうれん草のおひたしを
 食べていたようです。




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第4話 無言の子育て

2008-06-08 21:54:20 | 子育て
第4話 長男誕生・・・無言の子育て

 それから まもなく 8月の終わり 第一子 男の子を出産しました。
 体重 4210gでした。よく 感動とかという言葉を
 使いますが 残念ながら なかったんです。

 その頃 住んでいたお隣の人が来たとき
 「まあ かわいい、こんな小さな手 わあ 足ちいさい!」
  と 言った言葉に 対して 
  ・・・そりゃ あたりまえだし・・・とひそかに思いました。

 出産後の 毎日は もう 例えようもないほど
 つらい日々でした。
 なんとか 母乳で 育児を簡単に
 したいと考えていたのですが 最初は そのせいで
 よけいに大変でした。

 ミルクと違って 母乳はどのくらい出ているか
 わかりません。その上 母乳は うどんと一緒で
 早く消化するので ・・・・

 長男は 2時間半程度で 泣き出しました。
 もちろん 夜中も ・・
 母ちゃんは いつも時計を見ていました。
 
 「え!さっき おっぱい飲まして まだ 2時間も
 たってないよ。今度は 何?」

 赤ちゃんというのは おなかがすいたか
 おむつが 汚れたか どっちかで 泣く
 あと それ以外は 何だ??

 育児の考え方が とても硬かったんです。

 まさに義務で 赤ちゃんを育てていました。
 

 だから話かけるなんて事は無かったんです。
 
 2歳すぎに
 母ちゃんの母(ばあちゃん)がに言われました。
  「この子は 言葉が 遅いねえ。まさか
   しゃべれんのや なかろうね・・・。」

  では また 明日

      

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第3話 結婚なんて考えたこともない

2008-06-08 21:51:44 | プロフィール
  第3話 結婚なんて 考えたこともない

 母ちゃんは 24歳ぐらい その後3兄弟の父ちゃんに
 なる人と お付き合いしていました。
 でもその頃に 母ちゃんが仕事する実家の家具店の借金は 
 1億3000万円にもなっていました。

 当然その資金繰りにどっぷりつかった日々を
 過ごしていたので 母ちゃんは自分がその店から
 ぬけるという概念は 全くありませんでした。

 でも ある時 大きな発見をしたんです。
 結婚しても この店に仕事を続けることは
 できるんだ。 
 住む家だけ かえればいいという事を。
 
 その当時の 母ちゃんにとってはとても大きな発見でした。

 さて 今日の画像は
 本文とは 何の関係もないのですが
 ・・・・・・みんなの画像より 
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第2話 死ぬまで勉強や

2008-06-08 21:48:37 | プロフィール
 第2話 死ぬまで勉強や!

 3兄弟のじいちゃんは 大変頑固でおこりっぽい
 人でしたが 自分なりの信念みたいな物をもっていました。
 その 口癖に 「人間死ぬまで 勉強や。 
 もうこれでいいと思ったら その瞬間から
     生きとる価値は無くなる」

 職業は 家具店を営んでいましたが もとは家具の
 職人でした。ですから 常に工夫して物を作るという
 発想 アイデアを常に持ち続けた人でしした。

 あともう一つ厳しかったのが 信用
 一度約束した事は どんな事があっても必ず守る。
 3兄弟の母ちゃんが 小学校3年生の頃
 夜中に 木工所につれられて兄達も含めて
 全員で その手伝いしていた事がありました。

 この 続きは また明日。

 さて 今日の画像は

 3兄弟のじいちゃんの作品です。
 83歳?になるんだけど
 今だに 大作にとりくんどるし・・・

 何げに てごわい・・
          では
 
    

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第1話 母ちゃんの家

2008-06-08 21:45:11 | プロフィール
実は 今日とんでもない事を決意してしまいました。
 そろそろ 子育てを終わろうとする ある母ちゃんの
 3人の子育て奮闘記を 連載する事を・・・
 なぜかって ・・。
 3人とも 幼いころは 気弱だったり おでぶさんだったり 
 病気があったり・・・とか 本当に大変だんたんです。

 でも 香川県で いろいろな人との出会いから
 とても たくましく成長しつつあるんです。
 今では 母ちゃんにとっての ライバルは 3兄弟に
 なってしまいました。
だから お世話になった皆様に
 感謝をこめて 3人の物語を書こうと思います。

第1話 母ちゃんの家

3兄弟の母ちゃんの家は 福岡県でした。

 実家は 家具のお店をしてました。
 いつも 仕事が中心で 家族が笑って食事する事なんて
 ほとんど 無かったんです。
 会話のない 家庭・・まさにそのとおりです。
 
 では この続きは また 明日。

  


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