永遠の0 (講談社文庫) | |
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講談社 |
やっと手元にこの本が届き、あっという間に読み終わってしまった。読み終わったあとは、目頭が熱くなり、いい本を読んだという読後感に包まれた。さすが、250万部も売れたという超ベストセラー小説だけあって、戦争物が苦手な私でも読みやすく物語にぐいぐい引き込まれた。百田尚樹という作家は、本当にストーリーの組み方がうまい。悲惨な戦争を題材にしながらも、若い人にもわかりやすいよう太平洋戦争の歴史と特攻隊に参加した若者たちの思いを伝えることができた秀作だと思う。
ストーリーは、大学生の佐伯健太郎と、出版社に勤める姉の慶子が、亡くなった祖母・松乃の四十九日から暫くした頃、祖父・賢一郎から実の祖父の存在を知らされることから始まる。祖母・松乃は太平洋戦争後に祖父・賢一郎と再婚する。健太郎たちの実の祖父は、松乃の最初の夫で終戦間際に特攻で戦死したゼロ戦乗りの宮部久蔵だったのだ。母から健太郎と同じ26歳で亡くなった父・久蔵がどんな青年だったのか知りたいと改めて頼まれ、手がかりとなる海軍従軍者たちを訪ね歩き、いろんな話を聞くことから宮部久蔵がどんな男だったかが次第に明らかになっていく。現代人の感覚で、戦争の様子を戦友からインタビューしながら明らかにしていくというのは、うまい手法である。
まず最初に会った元海軍少尉・長谷川の話で、健太郎たちは「奴は海軍航空隊一の臆病者だった」と吐き捨てられる。ガダルカナルの戦いでは、激戦を極めベテラン航空兵でも帰還できなかった中、宮部はいつもまったくの無傷で帰って来たことを慶子と健太郎に語る。
宮部は、いつも安全な場所から戦いを眺めているだけの臆病者だったというのだ。祖父が、臆病者だったというのは、健太郎にしてみれば戸惑うばかりの話であろう。それでも、更に手がかりとなる海軍従軍者たちを訪ね歩くうちに、生前の久蔵を知る者達の語ることはそれぞれに全く違っており、調べるほどに宮部という人物の謎が明らかになっていく。
宮部久蔵は、凄腕のゼロ戦乗りでありながら、決して撃墜した敵機の数を誇ることはしなかったのだ。彼の一番の目的は、結婚したばかりの妻と生まれた娘に会うまでは、絶対に死なないという事だったのである。国のために命を捧げるのが当然だったと言われる戦時下の日本で、卑怯者と罵られながらも妻と娘に会いたいと思う気持ちを持ち続けた男の勇気には感動する。激烈な戦いの中で生き延びることも、凄腕のゼロ戦乗りだったからできることかもしれない。
この小説の中では、ゼロ戦の性能が書かれており、旋回と宙返りに優れ、速度も桁外れに早く飛行距離も長い素晴らしい戦闘機だったという事がよくわかる。しかし、決してゼロ戦を手放しで評価しているわけではない。宮部の言葉として「自分は、この飛行機を作った人を恨みたい」「八時間も飛べる飛行機は素晴らしいものだと思う。しかしそこにはそれを操る搭乗員のことが考えられていない。八時間もの間、搭乗員は一時も油断出来ない。我々は民間航空の操縦士ではない。いつ敵が襲いかかってくるかわからない戦場で八時間の飛行は体力の限界を超えている。自分たちは機械じゃない。生身の人間だ。八時間を飛べる飛行機を作った人は、この飛行機に人間が乗ることを想定していたんだろうか」と書かれている。この言葉の持つ意味は、かなり奥が深い。科学技術は、常に科学者や技術者の欲求をかなえるだけに進歩するが、決して人間の幸福や平和を考えて進歩しているわけではないのだ。ゼロ戦の設計者は、空を自由に飛び回れる飛行機をと考えたのだろうが、それに乗る人間の苦痛がどうなるかまでは考えていなかったのだろう。ゼロ戦は、飛行性能を上げるために、防御装置が皆無だったという。当初は、快進撃を続けていたゼロ戦も、やがて米軍からその弱点を見抜かれ、次第に撃墜される数が多くなり、特攻隊という形で人の命を無益に扱う戦いになっていたことが良く分かる。
戦争を扱った小説ながら、最後まで読めば決して戦争を賛美した小説でないことは明らかだ。軍隊という硬直した官僚組織には、海軍大学や海軍兵学校を出たというだけで実戦経験がゼロの将校ばかりだったことが挙げられ、権力闘争やメンツにこだわり、無益な戦争を続けていたことが登場人物の口から語られている。この辺りは、特に筆者が訴えたかったことではないだろうか。お国の為とか天皇陛下の為だと死んでいった特攻隊員も、本当は死にたくはなかっただろうと思わずにはいられない。みんな家族や恋人に会いたかっただろうと思うと、改めて戦争の悲惨さを感じてしまう。
「妻と娘に会うまでは死なない」と長きにわたって生き延びていた宮部久蔵は、終戦直前になって特攻に志願し、あえなく戦死してしまう。なぜ、妻との約束を破って特攻に志願してしまったかについては、この小説の一番の核心部分だ。最後まで読むと、宮部久蔵の壮絶な生涯と驚愕の事実が明らかとなり、涙なくして読み終えることはできない。学校の日本史の中では時間切れで知ることができなかった戦争の経緯も知ることができたのもよかった。やっぱりこんな時代が再び来ないことを願うばかりだ。