とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

コレステロール値はどれくらいが適正なのか

2011-03-31 22:03:41 | 呟き
生活習慣病検診を受けると、毎回決まってコレステロールが高いという結果が出て再検の受診を勧められ、食事制限しなさいとか運動を十分行ないなさいと医師からよく言われる。しかし毎度のことで、コレステロール値が高いのは遺伝的なもので高いなりに安定しているので気にすることはないとほったらかしにしていた。

ところが、昨年胃腸の検診をした時血液検査もされてしまった。結果はやはりコレステロールが高かった。胃腸の薬以外にコレステロールを減らす薬も処方され、仕方なく1ヶ月ほど飲み続けた。その後の血液検査の結果が先日知らされ、見事コレステロールが低下していた。総コレステロールの基準が150~219、LDLコレステロールの基準が70~139、中性脂肪の基準が50~149とされているが、その全てにおいて基準値以内に入っていた。また、付随して行なわれたその他の血液検査値もすべて基準値以内で問題なしといわれた。薬の効果がしっかり利いたようだ。

だが、薬を飲み続けていく必要があるのかはよくわからない。もう1か月分処方されたのでとりあえず飲んでいるが、それが切れたら止めてしまうかもしれない。もとから、総コレステロールの基準が低すぎるという懸念を持っていた。一般的には、血中のLDL(悪玉)コレステロールが増加すると動脈硬化が起こり、心筋梗塞などのリスクとなるとし、LDLが140ミリグラム以下、総コレステロールで220ミリグラム以下にしなさいといわれているが、「高コレステロール値のほうが長生きする」という結果も出ているそうだ。また最近では「欧米でも高コレステロール値が死亡率を高めることはないとの研究成果が発表されている」ともいう。

コレステロール値の基準値が低く抑えられているのは、低下させる薬を作っている製薬会社の意向がかなり反映されているような気がする。実際は気にする必要がない項目ではないだうか。私の母もコレステロールが高かったが結構長生きだったし、姉たちも話を聞くとコレステロールが高いらしい。しかも未だに元気でいる。私も、運動をそれなりにしているほうだと思っているし、食事だって脂っこいものをそんなにたくさん食べてはいない。やはり、そんな事は気にせず適度に運動してしっかり食事を取っていれば問題ないことだろう。

畑の花が咲きだした

2011-03-30 21:59:56 | 
このところ晴が続き、気温が少し高くなってきたようで畑の花が一気に咲きだしてきていた。葉っぱだけの時は、どんな花が咲くのかまったく判らなかったが、久しぶりに畑によってみてビックリ。赤や黄色、白、紫等いろんな色の花が咲きだしていた。いよいよ春が来たようだ。

これは、前から植わってるパンジーだ。植えた頃より大分パワーアップして咲き誇っている感じだ。


チューリップも急に伸びてきたようで、赤い花が咲きだしている。赤いチューリップは愛の告白を意味する。


ラッパスイセン。花は黄色で、内側の花被片がラッパのように突き出ている。花言葉は「尊敬」「心づかい」だという。


房咲きスイセン(別名:タゼッタスイセン)。地中海原産の多年草で、1本の茎に花が複数咲く。別名の“ タゼッタ”は小さなコーヒーカップという意味だ。


ヒヤシンス(学名:Hyacinthus orientalis)。Hyacinthus(ヒヤシンサス)の名は、ギリシャ神話の美少年「ヒュアキントス」から。太陽神アポロンに愛されたヒュアキントス少年の頭に円盤が当たって死んだとき、血に染まった草の中から1本の花が咲いたのがヒヤシンスだったとのこと。花言葉は「しとやかなかわいらしさ、初恋のひたむきさ」


妻曰く、原種のヒヤシンス。


野辺山100キロも中止に

2011-03-29 19:21:19 | マラソン
先週の豊橋ハーフマラソンでよっぴーさんから野辺山100キロが中止になったことを初めて聞いた。今年前半の目標としていた大会だけにガッカリだ。モチベーションが一気に下がってしまった感がある。

ランナーズ・ウェルネスのHPによると3月11日に発生した「東日本大震災」及び「長野県北部地震」の被害、原発事故による放射能被害等の状況によるウルトラマラソンに必要な資材・物品の入手困難、佐久広域でのイベント自粛等の申し合わせを鑑み、安全確保が難しいため中止を決定したとのことだ。

長野でも地震が大きかったこともあり、いろんな被害があったのかもしれない。ウルトラトレイル・マウントフジも中止になったという話も聞いており、関東東北だけでなく静岡、山梨、長野、新潟といった地域までも大震災の影響でイベントの中止が広がっているようだ。

野辺山100キロと同じ日に行なわれる高橋尚子杯 ぎふ清流マラソンに妻と娘がエントリーしていたので、それじゃそっちにと思ったが残念なことに数日前に定員に達したとHPにでていた。しかたなく、応援だけでも行ってやろうかと思っていた。

ところがである。この記事を書きながら「高橋尚子杯 ぎふ清流マラソン」のHPを覗きに行ったら28日から2000名(ハーフと3キロ合わせて)を追加募集すると出ていた。この追加分は「チャリティーエントリー」として行うそうだ。これまでにエントリーしたランナーと共に取り組んできたチャリティー活動をより一層強化し、「チャリティーエントリー」分の参加料相当額を大会義援金として算入し、被災者・被災地へ贈るという。さすが、大会長「高橋尚子さん」の想いで決まったことに違いない。これなら、家族で一緒に走りチャリティーとして気持ちよく走ることが出来る。いそいでハーフの申し込みを済ませた。

ただ、100キロもモチベーションアップの為走りたい。昨年出場した隠岐の島ウルトラマラソンのエントリー受付が4月25日(月)までなので、こちらも検討の余地ありだ。

2011穂の国豊橋ハーフマラソン

2011-03-28 22:58:51 | マラソン
このところ、ほとんどのマラソン大会が中止になる中、豊橋ハーフマラソンは27日の日曜日予定通り開催された。ただし、通常の開催とは異なり「東日本大震災復興支援大会」と銘打っている。何でもかんでも自粛でやめてしまうというのも残念なことだ。もちろん人員、機材、資金等物理的に開催が出来ない大会があったことも事実だ。だが、このようなイベントを開催することで人出が増え義援金を集めやすい環境ができることはいいことでもある。走ることで、自分や大勢の人たちに元気を与えることもできる。大震災の被災者だけでなく多くの日本人が暗い気分でいる中、このマラソン大会で応援をしたり応援を受けたりして明るい気持ちをもらえた気がした。

今回は、第2回であるが第1回の大会より参加者が増え4000人になったという。去年と同じ時間に会場に着いたが、人出は思ったより早く会場内の駐車場は満車だった。警備員の誘導で豊橋公園の北側の空き地に回ると、結構空いておりあっさりと駐車ができた。

スタート会場となる陸上競技場のスタンドの一角にシートを広げ準備していると、次々と顔見知りの走友たちが現れた。スタートまで時間があると思いおしゃべりしている間にスタート時間が迫ってきた。あわててトイレに駆け込みスタート地点に集合すると5分前だった。


スタートしてしばらくは市街地を走り、路面電車が横を通り過ぎていく。


市街地を抜け、住宅地へ向かっていく。


昨年、満開のサクラが迎えてくれた牛川遊歩公園だが、今年は蕾が膨らんできた程度で残念ながら花がまったく開いていなかった。例年より寒い日が続いていたせいだろう。


やがてのどかな田園地帯に入る。ランナーがどこまでも続いているのが手にとるようにわかる。


温室の間を抜ける。


コースが去年とは少し変わり、豊橋創造大学の裏手から川沿いの道を走る。


畑の中の細い道を抜けると残り1キロだ。豊橋公園の外周を回って陸上競技場のトラックに入る。青い色のトラックコースが目に眩しい。


ゴール手前でゲートの写真を撮ってからゴールする。タイムは2時間7分ほどだった。ほぼキロ6分のイーブンペースで走ったことになる。前日30キロ走ったこともあり、この位のペースで走ることができて満足だ。


会場では、ボランティアの若者たちが熱心に大震災への義援金を呼びかけていた。若者たちの熱気におされ義援金をいくらか寄付して会場を後にした。

遠州山辺の道マラニック(後半)

2011-03-27 23:29:54 | マラソン
庚申寺前に戻り本ルートに入る。天竜浜名湖鉄道の踏切を渡り宮口駅へ向かう。


興覚寺から宮口六所神社へ向かう参道に入る。灯篭が立ち並ぶ見事な参道だ。



国道362号バイパスを少し走り、高根神社へ上がる支ルートに入る。高根神社への道は、短いがつづら折のちょっとした登山道である。息が切れるほどの道を上がって行くと拝殿がある。拝殿は大きいが、本殿は更にその背後にある巨岩の上に祀られている。本殿を見るためクサリ場を登っていく。


クサリ場を登りきったところに本殿がある。本殿は小さい社である。ついでにその奥にある高根山古墳も見学して戻る。帰りも怖いクサリ場を下山だ。


山道をそのまま進み金刀比羅神社に向かう。尾野地域の氏神が祀られ祭典時には巫女神楽が奉納されるそうだ。境内には、芭蕉等の句碑・歌碑が建っている。


金刀比羅神社の石段を下り旧秋葉街道を走る。


建設中の第二東名高架の下にある耳足地蔵にお参りする。耳や足を患った人が願掛けするとご利益があるという。


住宅街の細い道をくねくねと通る。標識を見落すと迷いそうだが、要所要所に標識が立てられているのでしっかり見ていけば間違える事はない。


石灰工場の横を通り、八幡大菩薩への石段へ向かう。


八幡大菩薩の裏手にはトロッコ軌道跡や昔の石灰工場跡を見ることができる。八幡大菩薩の石段を戻り反対側に回ると根堅遺跡の看板があり、この辺りで一万数千年前の浜北人の骨が発掘された事を知る。ただ、遺跡は石灰採掘で失われてしまい現在は大きな広場となっている。現在は、「岩水寺さくらの里」として整備されている場所だ。もう一週間後くらいであればお花見で賑わいそうな場所である。


上の写真の山の上に動物の影があるのがわかるだろうか。なんとカモシカがこちらを見ていた。望遠で捉えた写真だ。


岩水寺前に出る。


接待茶屋跡を通り斜めになった道標の所から再び支ルートに入る。畑や住宅の向こうに大きなサクラの木が見えてきた。見事に満開のサクラである。


もっと近くで見ようと近づいてみると、普通の民家の庭に咲いたサクラであった。あまりにも見事なのでちょっとお邪魔して記念写真を撮る。



こちらは白っぽいサクラだ。早咲きのサクラがこの辺りは多く今日のハイライトである。


林業試験場内にある向野古墳を見学する。大きな切石を組み合わせて造られた立派な横穴式石室である。


向野古墳から椎ヶ脇神社に向かう。天竜川の水が引くことを願って水神様を祀った神社だ。境内には猿出没の注意書きがある。


参道の石段を下っていくと鳥居越しに天竜川の流れが見えてくる。思いもよらぬロケーションにビックリだ。


鹿島八幡宮を経て、遠州鉄道西鹿島駅に到着する。本ルートはここが終点である。


あとは於呂神社、天浜線岩水寺駅前を通る支ルートを走る。これで「遠州山辺の道」完全走破である。その後は、本ルートの一部を再び走りこの日のゴールとなる「あらたまの湯」までひたすら走る。午後4時を少し回った頃、「あらたまの湯」の入口前に到着する。


距離は全部で30キロくらいだが、いろいろ見学しながらゆっくり回ったのでこんな時間になってしまった。今回のマラニックは、古の人々の足跡をたどるというテーマのもと行なったのでその目的は充分達成できたものと思っている。参加された方たち、お疲れ様でした。

遠州山辺の道マラニック(前半)

2011-03-26 23:02:13 | マラソン
このブログでも募集していた「遠州山辺の道マラニック」を今日実施した。
呼びかけで集まったのは私を入れて9名。今日は晴れ上がっていい天気だったが、強風が吹き荒れ3月下旬とは思えないような寒い日だった。遠州小松駅を予定より早い8:20にスタートした。


まずは、浜北警察署、運転免許センターの前を抜け「遠州山辺の道」のスタート地点となる福応寺の入口についた。ここからは高台のすぐ下の道となるので風当たりが少ない。最初に立ち寄ったのは、鬱蒼とした林の中に鎮座する「内野神明宮」である。


小用通りを抜け急な階段を上り、浜名ニュータウンのある住宅街に入っていく。ここからは支線ルートになり、うちの古墳めぐりコースを回ることにした。このコース沿いには、山の神古墳、稲荷山古墳、二本ヶ谷積石塚群、赤門上古墳といったたくさんの古墳を見ることができる。

(浜松市内では有数の大きな古墳である稲荷山古墳で)


(積石塚古墳。土の代わりに礫を積み上げて墳丘を築く古墳で全国的にも珍しいもの)

二本ヶ谷積石塚群のあるつみいしづか広場の奥には最近老人ホームが建設された。今回参加しているIさんが設計をしたということでその前で記念写真を撮る。


古墳めぐりコースを一周すると元の本線ルートに戻る。内野陣屋跡、妙蓮寺を過ぎ平口の交差点から不動寺に寄ることにした。本堂までは123段の石段を登ることになるが、その途中には中国風の竜宮門があり珍しい造りである。


石段の途中には、椿の花がところどころ落ちておりなかなか風情がある。


123段の石段を登りきり本堂にお参りすると厄が落ちるとの事で本堂にお参りする。


本堂の庇の梁には、見事な龍の彫り物がある。これは一見の価値がある作品だ。


本堂の裏には、ミヤマツツジが咲いていた。これも不動寺の見所の一つである。


不動寺の上は、万葉の森公園が整備されている。園内には、300種の万葉植物が植えられ万葉文学や万葉文化に親しむことができる場所だ。

(咲き始めたカタクリの花)


(枝垂れ桜が満開である)

万葉の森公園から本ルートに戻り細い道を進む。竹薮の中の道がしばらく続く。


工場の裏手の細い道を上がると、武田軍が兵を休めたという休兵坂にでる。


梔池緑地、野口の辻、軽便道を過ぎると宮口の町並みに入る。この辺りは、江戸時代には庚申寺門前町や秋葉街道沿いの宿場町として栄えたという。


お昼前であったが、ちょうどいいところに蕎麦屋があったので昼食とした。花の舞酒造の近くにある蕎麦屋で身麻呂(むまろ)という店だ。そば粉しか使わない十割そばと自家製そばつゆという味にこだわった蕎麦屋である。店の名前は、宮口出身の万葉人、若倭部身麻呂(わかやまとべむまろ)からとったという。この若倭部身麻呂の歌はあとで歌碑で知ることになる。


昼食を済ませ、花の舞酒造の前を通る。


ほどなく庚申寺の山門である。山門の屋根には三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)、宝珠猿がのっている。山門前で記念写真だ。


庚申寺の猿の置物。撫でると縁起がいいそうだ。


庚申寺からは、明神池運動公園を経て天竜浜名湖鉄道のガード下をくぐる。


夜水沢池には木道が整備されており、きれいな沢が流れ込んでいる。


畑の間を抜けると八幡神社に出る。ここには、ここ浜北宮口の生まれだという若倭部身麻呂の詠んだ歌が歌碑としておかれている。
天平勝宝年間の755年、 防人として九州に派遣された若倭部身麻呂が離ればなれになった故郷の妻を想って詠んだものである。


わが妻はいたく恋ひらし飲む水に
  影さへ見えて世に忘られず

訳:私の妻はひどく私を恋しがっているらしい。水を飲もうとすると、その水に影までが映って見えて、とても忘れられない。

再び庚申寺前に出て先に進む。続きは後半へ。

ACジャパンのCMがやけに増えた訳

2011-03-25 21:06:29 | 呟き
このところ、テレビやラジオで繰り返し流されているCMが耳につく。

こんにちは(こんにちワン)、ありがとう(ありがとウサギ)とか

「こころ」はだれにも見えないけれど「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど「思いやり」はだれにでも見える とか

「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。「馬鹿」っていうと「馬鹿」っていう。

等のいろんな啓発を促すCMである。


これは、ACジャパン(AC:旧公共広告機構)が流しているCMである。広告を営利目的でなく、住みよい社会作りに貢献することを目的として作られた団体であり、さまざまな啓発活動を展開しているという。最近、ACのCMが多量に流されているのは、東北関東大震災の影響で多くの企業がCMを自粛しているため、その差し替えとして連日大量のCMが流されるようになったらしい。

ただ、あまりにも大量に流されていることから「内容がそぐわない」「しつこい」「サウンドロゴが不快」などといった苦情が数多く寄せられ、ついには公式サイト上で謝罪文を掲載するに至ったという。私もやけによく聞くのでこれらの言葉が頭から離れなくなっている。とはいえ、苦情を寄せるような事ではないと思う。挨拶をしようとか、思いやりを見える形で表そうなんてとてもいいCMではないだろうか。こんな事をテレビ局などに苦情を寄せる心理がわからない。むしろ、すばらしいCMに感動したくらいのことを寄せるならわかる。子宮頸がん検診受診を促す仁科さん母娘にも非難が浴びせられているという。大したことでもないのに苦情を寄せてしまうなんて日本人の度量が小さくなっているのかなと残念な気持ちになってしまった。

これらのCMの内容は以下のとおりだ。

「あいさつの魔法」

挨拶の励行を、低学年までを対象に企画しました。
挨拶をするたびユニークで楽しいキャラクターが登場し、友だちが増えていく様を、歌とアニメーションで表現。
挨拶は楽しいこと、友だちが増えるのは素敵なこと、というメッセージをこども達の心に届けます。

♪~
こんにちは(こんにちワン)
ありがとう(ありがとウサギ)
こんばんは(こんばんワニ)
さようなら(さよなライオン)

まほうのことばで
たのしいなかまがポポポポ~ン

おはよう(おはよウナギ)
いただきます(いただきマウス)
いってきます(いってきまスカンク)
ただいま(ただいマンボウ)
ごちそうさま(ごちそうさマウス)
おやすみなさい(おやすみなサイ)
NA あいさつするたび ともだちふえるね
SL ♪AC~



「見える気持ちに」

思いやりの気持ちを持っていても、なかなか行動に移すことは難しい。
しかし、その美しい気持ちは、行為になってこそ、初めて意味があるということに気づいてもらいたい。
宮澤章二さんの詩「行為の意味」に込められたメッセージをきっかけにして、
すべての人が持っているやさしい気持ちが、たくさんのあたたかい行為となって世の中に生まれてほしいと願いました。

ME ♪~
SE 電車内のSE
女の子 「こころ」はだれにも見えないけれど「こころづかい」は見える「思い」は見えないけれど「思いやり」はだれにでも見える
男の子 あの、よかったら・・・この席どうぞ。
おばあさん ありがとう。
女の子 あたたかいこころも、やさしい思いもおこないになって、はじめて見える。その気持ちをカタチに。
SL ♪AC~



「こだまでしょうか」

たった一言で、人は傷つく。たった一言で、人は微笑む。
自分がやさしく話しかければ、きっと相手も、おだやかに答えを返してくれる。
ことばは、人から人へ「こだま」します。
この広告が、人と人のやさしい会話のきっかけになることを願っています。

SE(公園のような場所で遊んでいる、子どもたちの話し声や笑い声。)
NA(男性) 詩人・金子みすゞの作品より、「こだまでしょうか」
NA(女性) 「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。「馬鹿」っていうと「馬鹿」っていう。
       「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。
       そうして、あとでさみしくなって、「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう。
       こだまでしょうか、いいえ、誰でも。
NA(男性) やさしく話しかければ、やさしく相手も答えてくれる。
SL ♪AC~



スロージョギングの効果

2011-03-24 21:07:37 | スポーツ
今月のJAFMate(2011年4月号)に、スロージョギングの効果についての記事が載っていた。
自分が常日頃心がけて走っていることが、わかりやすく書かれていたので紹介したい。
運動生理学を専門とする大学教授の見解だけに、非常に参考になる話である。

ジョギングを始めてもきつくて長続きしなかったりするのは、早いぺースで走っているせいなのかもしれないと言う。
健康のためには、ニコニコと笑顔を保てるスローペースで走るのがいいというのだ。
人間には、2種類の筋肉がある。瞬発力をもたらす「速筋」と持久力をもたらす「遅筋」である。
「速筋」を使うと疲労物質がたまりやすいが、「遅筋」を使えば疲れずに長く運動を続けられるとのことだ。

これらの話は、まさに自分が体で覚えたこととも通じている。
マラソンの大会でも、常日頃上位に入ろうという気はなくマイペースで完走することだけを心がけている。
ちょっと色気を出して、普段のペースより速いペースで走ったりすると
マメができたり、翌日の疲労が大きかったりする。
走ることを始めてもう20年以上経つが、未だに走ることを嫌いにはならない。
極端に痩せるほど走ることもなく、長い間同じ体形を保っている。
おかげで、風邪をひいたことはない。まあ、体力も人並み以上にはあると自負している。

スロージョギングを続けることでメタボ解消にもなり、脳を活性化させる効果もあるという。
確かに、年齢が高くても走っている人は頭もしっかりしており、顔も若々しい。
年齢を聞くと、見掛けよりも10歳以上も歳が上だとわかり驚く人が多い。
しかも女性の場合は、肌がツヤツヤしている人が多く美容にもいいのかもしれない。

これらを読んで、スロージョギングを続けることがさらなる励みになった。

下記がスロージョギングのポイントである。
①ニコニコと笑顔を保つペースで。歩幅は小さく、歩きと同程度の速さで進む。
②足の指の付け根で着地する。足の指の付け根辺りで着地すると、衝撃はかかと着地の3分の一に。
③アゴは上げて目線は前方に。自然に背筋が伸びて、脚を引き上げやすくなる。
④口を開けて呼吸は自然に。呼吸は意識的にコントロールする必要はない。荒くならないように気をつけるだけでOK。
⑤1日30~60分を目標に。時間が取れないときは、10分×3回のように小分けに走ってもよい。

2011社会人大学募集始まる

2011-03-23 19:22:58 | 社会人大学
先日、社会人大学の募集案内が来た。

今年のテーマは「ぬくもり」かな、ということだ。
「ぬくもりを慈しんだかつての日本人には、ゆとりの心と遊びの精神があった。」

今年は、ぬくもりを感じながら講演を聞いてみることにしよう。
浜松会場の予定は、下記のとおりだ。

『1回目 5/26』
吉寿屋会長 神吉武司 「早起き力」
『2回目 6/ 9』
元TBS世界遺産プロジューサー 辻村國弘 「曲り角の世界遺産」
『3回目 6/23』
静岡文化芸術大学学長・文学博士 熊倉功夫 「日本人の美意識」
『4回目 7/21』
ヴァイオリン奏者 大谷康子、ピアニスト 川上昌裕 「さわやかに夏を」
『5回目 8/11』
日本抗高加齢医学認定専門医・医学博士 田中佳 「発想の転換で元気に長生き」
『6回目 8/25』
落語家 古今亭志ん輔 「落語における善玉と悪玉」
『7回目 9/ 8』
熱帯森林保護団体代表 南研子 「アマゾン、インディオからの伝言」
『8回目 9/29』
飛鳥建設社長 左野勝司 「石工半世紀」
『9回目 10/ 6』
画家 ささめやゆき 「人生は回り舞台」
『10回目 10/20』
声楽家 村上彩子 「絶望の淵から輝く舞台へ」
『卒業式 11/ 5』
山の旅人 栗秋正寿 「アラスカ垂直と水平の旅」 

神戸に行ってきた

2011-03-22 21:23:31 | 呟き
娘が兵庫県の播磨の職場に勤めていたのだが、今年の4月から転勤することになった。
播磨は自然が豊かな場所で良かったのだが、新しい職場は大都会である神戸市内である。

先週は、土日月と3連休でいろいろ計画していることがあったが、娘の転勤の知らせを聞いて、
急遽引越しの手伝いに日月の二日間夫婦で行くことになった。
一人住まいなのでそれほど大荷物はないだろうが、普段から仕事が忙しいようで荷造りが進んでいないのだろうと思っていた。
日曜日の夕方、マンションに着くと、案の定あまり荷造りが進んでいなかった。
その日の夜は、一緒に食事をして部屋に泊まる。
ただ夜中に、飼っている猫がまとわりついてうるさかった。
しかたなく、猫を隣の部屋に隔離して安眠する。

翌日の月曜日は、3人でなんとか頑張って荷造りを午前中で終わらせた。
午後一で引越し業者が来て、荷物をトラックに積み込んでいく。
業者が運びやすいよう荷物を整理しておいたので、荷積みは30分ほどで終わり業者は神戸へ向かった。

我々も、マイカーに壊れ物などの荷物を積み込んで15分遅れくらいで神戸に向かった。
神戸までは約80キロあり、国道2号線、阪神高速をほぼ東進する。
高速道路は狭くカーブが多いためか、いたる所で渋滞が発生していた。
大分時間がかかり神戸のマンションに到着したが、引越し業者のトラックはまだ来ていなかった。

10分遅れくらいで業者が到着し、手際よく荷物を運んでくれたので荷降ろしは短時間で終わった。
あとは、荷物をダンボールから出して収納するだけだが、夕方6時近くとなり帰りの時間が遅くなるので後は娘にまかせ神戸を後にした。
結局自宅に着いたのは午後11時過ぎで、3連休があっという間に終わってしまった。

神戸と言えば、16年前の1995年(平成7年)1月17日(火)に発生した「阪神・淡路大震災」の被害が一番大きかった場所だ。
特に娘のマンションがある中央区は、もっとも被害が大きかった場所の一つである。
現在は、地震があったことが嘘かのように高層ビルが林立し、大都会の町並みを呈している。
ただ、背後に六甲山地を持っているため、街は南北に細く東西に長くなっており狭い場所にビルや住宅がかたまっているかんじである。
また、住宅街は一方通行が多く、車での移動は不都合さを強いられるようだ。
今後は、神戸に何度か行くことになりそうなので、娘のマンションに泊まりながら神戸の町を探訪しようかと思っている。