12年前、
夫と別れて家を出ようと決意した時、
猫達を置いていくという選択肢は、
私の中には、全くなかった。
おはようございます。
春の嵐の中、うめとよねときく、
そして大きなキャットタワーを、びしょ濡れになりながら、
ボロアパートの狭い部屋に運び入れた。
それ以外、まだ何もない部屋の中で、
私は、「さあ、再出発だぞ。」と、自分を奮い立たせてみたが、
本当は不安で、今にも泣き出しそうな気分だった。
しかし、それもつかの間、
嵐のせいで、吹き荒れたゴミで汚れた道路も一掃された頃、
空から、子猫が降ってきた。
実は、再出発の本当の始まりは、この瞬間からだった。
茶色の鶏卵くらいの大きさで、
だったら、玉子ちゃんとでも名付けてやればいいものを、
私は、カラスが落とした糞のようだと笑いながら、
生れて間もない子猫に「うんこ」と名付けてしまった。
その後、空を飛んだ猫は、
とんでもない飼い主に、とんでもない育てられ方をされた。
動物病院に連れて行くと、獣医は、
「この小ささなら、2時間おきの哺乳が必要だ。」と言ったが、
私は、それは出来ないと伝えた。
当時の私は、仕事を2つ掛け持ち、家に帰るのは、夜中だったのだ。
3匹の猫を食わせるためには、そうするしかなかったが、
4匹目の猫を生かすためには、それがネックとなった。
「それなら、夜中、できるだけの哺乳をしてみるしかない。」
そう言われて、綱渡りのような育児が始まった。
1つ目の仕事を終えて、一旦家に戻って哺乳。
うめに、「頼んだぞ。」と言って、2つ目の職場へ走る。
帰宅したら、朝まで、延々と哺乳が続く。
その都度、排せつは、うめが担ってくれた。
今考えてみれば、それもとんでも話だ。
感染症を患っていた子猫を隔離するどころか、
その排せつの手伝いを他猫にさせるなんて、
本当に、とんでもない話だったが、
うめは、体調を崩すことなく、役割を果たし続けた。
喧嘩ばかりしていたよねときくも、その時は喧嘩もせず、
私達を、いつも静かに見守っていた。
そんな、ある日の朝、いつものようにミルクの準備をしていたら、
這うように歩いているうんこに気付いた。
うんこ、初めての1歩だ。
「うんこが歩いた!」と喜びながらも辺りを見回してみても、
子猫の相手になるようなオモチャなど無くて、
私は、咄嗟に足裏マッサージのために置いていたピンポン玉を、
うんこの前に転がしてみた。
無反応だった。
「だろうな!」と、再度探してみると、
キャットタワーに紐でぶら下げられたネズミのオモチャが目に入り、
私は、その紐をハサミで切って、うんこの前に置いてみた。
「うんこ、お前のだぞ。」と。
うんこ、初めてのオモチャだ。
そして、そのネズミは、
それ以来、うんこ、唯一無二の大事となった。
時には、入院もしながら、
それでも、うんこの体はあれよあれよと育っていく。
「もう大丈夫。うんこは危機を乗り切った。」という頃、
ネズミくらいの小さな体は、ネズミを口に咥えられる大きさになっていた。
しかし、ネズミとの関係は変わることはなかった。
オモチャといっても、蹴ったり咬んだりするわけではなく、
うんこは、いつもネズミを側に置いていた。
ただ、側に置いておくだけだった。
あれから12年、我が家はずいぶん変わった。
ボロアパートから今の部屋へ引っ越して、
私は職も変わり、生活スタイルも大きく変わった。
うんこを、ともに育ててくれたうめは、逝った。
なんだかんだと見守ってくれたきくも、もう居ない。
よねは、そろそろ、ガタがき始めている。
それでも変わらないのは、ネズミのオモチャだった。
驚くほど綺麗なまま、いつも、うんこの側にいた。
やっぱり、うんこの、大事なネズミだ。
そして、あやを拾った時、おたまを拾った時、
保護をした子猫たちも、実は、我が家に来た子猫は、皆、
初めて触るオモチャは、いつも、うんこのネズミだった。
親とはぐれて、不安な目をした子猫が我が家にやって来ると、
うんこは決まって、
「いらっしゃい、うんちゃんにお尻を嗅がせなさい。」
と言わんばかりに、ネズミとともに登場したからだ。
まるで私が、小さなうんこの前に、ネズミを置いた時のように、
うんこは、子猫にネズミを差し出した。
そこはあくまで、一時期、貸してやると割り切るところが、
さすが、うんこの大事だもんなと感心したものだ。
ところが、とんでもない事が起きた。
また、とんでもない飼い主が、やらかしたのだ。
うんこの大事なネズミを、
いらない衣服とまぎれて、気づかず捨ててしまったのだ。
まったく、取り返しのつかない事をしてしまった。
ここ数日、私はうんこに謝り続けている。
うんこの匂いのついた生地で、同じようなネズミも作ってみた。

当然、うんこの大事にはなる訳など、ないのだ。




うんこ、ごめんな。
母さんは、とんでもない母さんだ。
でも、母さんの大事なうんこは、お願いだ。
ずっと側にいておくれ。