マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

『ひとりひとりが生きておる。ひとりひとりが思いを持っておる。』・・・真田昌幸 没。

2016-10-07 23:01:13 | 大河ドラマ。テレビ。ラジオ。新聞。映画。

 真田昌幸 没。


 『真田昌幸像』            信濃真田家13代当主・幸正所蔵

皆様!
NHK大河ドラマ:『真田丸』を御覧になっていますか?

     私は、NHK大河ドラマの大ファンでして・・・・
今回は、主人公・真田信繁の父親の『真田昌幸』が大好きです。その人格と生き方にほれぼれです

『真田昌幸』
時代に翻弄された名武将・真田昌幸。 その最期。 今週のドラマでした。

徳川家康より、関ヶ原の戦後処理において、昌幸・信繁父子には『上田領没収と死罪』が下される。
その後・・・
助命され、『高野山への蟄居』が決められる。
高野山での昌幸の配所は、何度かの変更の後、和歌山県・九度山に決まる。


真田昌幸・信繁の蟄居時代の『草庵跡』  善名称院  和歌山県九度山町にある高野山真言宗の寺院。

世界遺産・高野山の名物。    『めはり寿司  柿の葉寿司


 夫が、”一足お先に!”と、『善名称院』 訪問しました。 土産の寿司と土産話で『花金』の私。 おいしい

めはり寿司: 高野山麓から高菜の香りが、郷愁を誘う自然豊かな味です。
柿の葉寿司: 素朴ながら風味豊かな味わいの、柿の香が漂うような、こちらも自然豊かな味です。
                                昌幸・信繁父子も食べたのかな?
    

『真田昌幸』
まずは・・・国許に帰還する希望を持って、蟄居生活に入る。
しかし・・・10年余り続いた流人生活は、昌幸の気力を萎えさせます。
最後は・・・配流生活は、年老いた昌幸を苦しめました。

  慶長16年(1611年)6月4日、国許に一度も帰還することなく、九度山で病死。 享年65才。

   息子・信繁に遺した:『昌幸の最期の言葉』。 今週のドラマのクライマックス。すばらしかったですね!

  『軍勢を一つの塊とおもうな。
ひとりひとりが生きておる。ひとりひとりが思いを持っておる。それをゆめゆめ忘れるな。
            
  ・・・・ひとりひとりを大切に思う。この気持ちが、部下に慕われ、部下を統治できたのでしょうね。
                                  
         今週で、真田昌幸 没。 来週から『真田昌幸』に会えません。寂しい限りです。

私は、いつ? 『真田昌幸の終の住処』の訪れようかな? 楽しみです。

 ★なぜ 真田昌幸は九度山という地、再起を図リ易い大阪城に近い地、に蟄居させられたのか?
 ★昌幸は、武将人生・45年間の中の10年間を過ごさせられた九度山、蟄居生活で何を考えたのか?
 ★信繁は、34歳で蟄居。蟄居生活の中…44歳で父を見送る。更に2年間の蟄居、武将人生・30年間の中の12年間の蟄居で、何を考えていたのか?

私の大いなる『三つの疑問』。 九度山に参上して、現場で考えてみたい。 後日に報告しますね。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人のふり見て我がふり直せ。 先人たちの生き様に、学びが一杯ですね。

**************
今日・7日のランニング:8㎞。   10月の走行距離合計:50Km

5時半。今朝も又、早々に切り上げました。高速を吹っ飛ばして、聖書講義に参加でした