マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

息子の誕生日 そして 『聖トマ使徒 祝日』・・・『わたしの主、わたしの神よ』・・・『見ないのに信じる人は、幸いである。』

2021-07-03 13:42:47 | 息子と息子家族
7月3日。土曜日。曇り。

今日は息子の誕生日。

 

  超まじめ人間。 超アスリート。 超優しい。 そして ハンサムボーイ(親の欲目)

       息子よ、私の息子に生まれてくれてありがとう。
       息子よ、ここまで育ってくれてありがとう。
       コウノトリさん、息子を私のもとに運んでくれてありがとう。
       そして、
       何よりも、神様に感謝いたします。


      『すべての父であられる神よ、
       息子を授けてくださったことを感謝します。
       息子が強く正しく生きるために必要なお恵みを常に与えてください。
       また私が親としての尊い務めをふさわしく果たすことができますように、
       光と力を与えてください。』

         『カトリック 祈りの友』より


息子の出産前日の夜の出来事。
息子の誕生日が来ると、懐かしく思い出します。
出産間近の私に出産の兆候が現われてきて、
家人が車で病院まで送ってくれることになりました
スピードの出し過ぎで、パトカーに止められた
何キロ出してるんですか!!!
見てください。産まれそうなんです。
ああそうですか。分かりました。先導いたしましょう。
というわけで、
サイレン鳴らしたパトカーに先導されて、病院に無事到着!
真夜中、日の変わったばかりの時間の出産でした!
あの夜・・・救急車を呼ばなくて良かった♡♡ 
生涯忘れない経験ができたのですからね♡♡
勿論、私は救急車を待てないほどに切羽詰まった状態でした・・・。
若き時代の思い出話です♡♡


        息子との楽しかった日々がよみがえります。
         夫の単身赴任と娘(息子の姉)の留学の期間が重なり、
            息子と母の私の二人住まいの時期がありました。
            その頃の二人だけの楽しい思い出が一杯です。
            母の思いを息子に直伝できる、恵みの時間でした。

        息子の洗礼名はイエスの父:『聖ヨセフ』。
        息子の人生が、聖ヨセフ様に倣って、信仰深い人生でありますように。
        今日は、私も、祝杯をあげることに致しましょう!
                      感謝!感謝!

そして。

今日は7月3日。

         『聖トマ使徒 祝日』
     

           イエスの十二使徒の一人。

トマは、イエスが復活して弟子たちの所へ現われたと聞いたとき、
  『この手をその脇腹に入れてみなければ、決して信じない』と言った。
しかしその八日の後、
復活したイエスが再び現われ『あなたの手を伸ばし、私の脇腹に入れなさい』と言われて、
トマスは『わたしの主よ、わたしの神よ』と言って、復活者に対する信仰を宣言した。
イエスはトマスに言われた。
  『わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。』
             ヨハネによる福音書20章24-29節 参照

トマの生涯については、福音書に書かれている事柄の他には何も確実なことは知られていないが、
   インドの人々に福音を伝えたとも言われている。

   彼の遺体が、シリアのエデッサに運ばれたことの記念が、
   六世紀から同地で七月三日に祝われている。
     『毎日の読書』より

『今日の入祭唱』

   『主よ、あなたはわたしの神、あなたに感謝をささげる。
      わたしの神よ、あなたをあがめる。』

         詩編 118章28節


『今日の福音 イエスの御言葉』

    『十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、
    
    イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。

   そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、
   トマスは言った。
   「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、
    また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」


    さて八日の後、
    弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。
    戸にはみな鍵がかけてあったのに、
          イエスが来て真ん中に立ち、
   
       「あなたがたに平和があるように」と言われた。


     それから、トマスに言われた。
     「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。
    また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。

 
      信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」

      トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
       イエスはトマスに言われた。
   「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」』
      ヨハネによる福音書 20章24-29節


    トマスは、他の弟子たちと同様に、イエスを敬愛していたことでしょう。
      イエスの『受難の苦しみ』を忘れることができませんでした。
      仲間から『復活なさったイエス』の話を聞いても、
      『受難のイエス』であるとは信じがたかったのでしょう。

    イエスは、トマスの愛と苦しみを良くご存じだったのでしょう。
    弟子たちに現われた後の八日目、
    もう一度、トマスがいる時をねらって? 弟子たちの所へ現われました。
    イエスは、トマスが願った通りに、ご自分の『傷跡』をトマスに見せました。


 トマスは、傷跡をみて、すぐに信じました。
 そして、トマスはすぐに、他の弟子たちよりもすばらしい『信仰宣言』をしました。
      『わたしの主! わたしの神!』
 その『信仰宣言』を聞いた時、
 イエスは、『見ないのに信じる人は、幸いである。』 とおっしゃいました。


   私たちも、イエスを見ることはできません。
   神の姿は見えなくても、
   今も、神は、社会の中で、出来事の中で、人々の心の中で、働いておられます。
   ヨハネも福音書の中で言っています。
      『いまだかつて、神を見た者はいない。
     父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。』
 と。
          ヨハネによる福音書  1 章 18 節

 
トマスのために再び現れ、ご自分の傷口にトマスの手を触れさせながら復活を告げたイエス様を通して、
      『目には見えなくても確かにある神の愛』に、
        トマスは気づいたのです。

私たちも、
神の姿は見えなくても、
イエスがともに働いておられる『人々の愛』の中に、
神を見出したいものですね。
祈りましょう。

『今日の祈願』

   『全能の神よ、
  聖トマスに倣い、イエスを主と呼び、神とあがめる私たちが、
  生活の中で、その信仰を証しすることができますように。』



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