世の中には霊が見える人がいるらしい。
身近にそういう人がいて、ちょっとそっち方面の話を昨日ランチを食べながらした。
私の背中に貧乏神かだれか居ない?と聞きたかったが、それは遠慮した。真剣な内容だったからね。
その人は、何かの気配を感じることが多いのだそうだが、一回だけ見たこともあるという。白いものを身にまとい、鋭い目をしていたという。部屋の、隙間とか、隅に居るらしい。
彼女の親族は娘さんも感じたり見えたするし、おばあさまが職業ではないが、見える人だったとか・・・。恐山で霊と話が出来る人がいるとか・・・ああいう方らしい。
また、その場にいた何人かが、霊を見た体験をもつ親族をもっていた。
ふむ・・・・。見たことがない私にはなんともいえないが、存在を否定も出来ない気がしている。
実は、日本で骨董屋さんに行く人が多いかどうかはわからないが、こちらに来て、アンティークショップに行く人は多い。たいていの人は、食器類を買っている。アメリカのアンティークから、ヨーロッパのアンティーク、様々な物が人気になっている。
カタカナ文字は物事をやわらかく親しみやすくするのかもしれない。
私もご多分に漏れず、何度かアンティークショップに行ったことがある。ところが、私はそこに行くと、実はとっとも厳かな気持ちとというか、自分の気持ちがすっと変わるのを感じる。人形、アクセサリー、洋服、本・・・・・なんだか、話しかけられているような気がする。訳があってここに居るのね?なんて、話しかけようものなら、泣いて打ち明け話をされるような気にさえなってくる。斜陽の悲しみといいますか・・・・
考えすぎだとずっと思ってきた。でも、昨日の話では、やはり人形、鏡、家具、など、生活をみてきてものを、他の人が持つのはよくないらしい。私はなんだか自分が正しい感覚を持っている人のような気になった。
ビビッと背筋が寒くなる。
ちょっと不謹慎なようだが、私もお会いしてみたいと思ったりした。母だったら会いたいなあと思うし、私が生まれる7ヶ月前に他界し、私が生まれ変わりと言われている、父方の曽祖父にも会ってみたい。
でも、ちょっと霊とはちがうかもしれないけど・・・。