どっちにする?

人生って「どっちにする?」そんな選択の連続。あまたあるはずの選択肢。決めるのは自分\(^o^)/

肝心要にずれがある

2005-12-13 04:58:45 | しらんぷりしよう

物事の肝心要は、最初の一歩なのかもしれない。反論ももちろんあるでしょうが・・・。最初に高い位置を確保しておけば、そこから転落したくないために、高い現状を維持するために努力が出来るような気がする。最初から、コケテイルと追いかける努力に行く前に、諦めが先に立ってしまうような・・・。これは、試験をまた実力のみで受けてしまったいい訳だが、どうも調子がよくない。やる気の手前で停滞する。こんなことを、分析してみようとするところが、私の弱いところ、甘えの構造かな。

今日は、すべてを忘れて面白い日本の本を読むことにする。(ちょっとデイジャングムもお休みしよう)

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ぷっつん

2005-12-12 16:47:18 | 舞いあがる

ぷっつんと、切れてしまうことがよくある。所謂、切れるとは、ちょっとニュアンスが違って、大それたことではないのだけれど、努力の途中でなんだか、アー止めた、じゃないけど、先がみえなくなる。暗中模索。今、おかれ居ている状態、やらなくてはいけないこと、予定、等・・・・・判断材料を出し尽くし、力の配分、優先順位、時間の配分を考えればいいことなのだけど・・・。ぐじゃぐじゃで、整理できないでいるのだろうなあ。

ちょっとしたことが、脱出の契機になったりする予感はある。新しい出会いに感謝しよう。今、ミシガンは雪に覆われている。白、一色で美しい。

 

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ラブソング

2005-12-08 22:12:50 | なっとくる

友人の(アメリカ人の年上の友人)の、お誕生日に招待された。と、いっても、主催者は参加者で、本人がお客様のような、手作りの誕生会。喜んでくれる人が居て、喜ばすことだけを考えている人たちがいて、それは本当に心の和む素敵な会だった。

私は、結構歌うことが好きなので、大好きなラブソングを、プレゼントとして歌った。(スカーフもね)。日本語の歌なので、詩の心得のありそうな、英語の得意な方に訳をお願いした。ちょっと音楽の話になるけど、音ひとつに対して、英語は一単語入り、日本語だと一ひらがなになる。つまり、語字数では圧倒的に英語が多い。なので、日本語を英語に訳して歌うと、やたら一音を伸ばして歌わなくてはならなくなる。

当日は、ポトラックという一品持ち寄りだったので、料理も作らなくてはならない。私の割り当てはケーキ。引越される方へ差し入れもしたかったので、朝からアンパンを40個強作ったりもした。あちこち、いろいろとひっちゃかめっちゃかな状態。やたら伸ばして歌うと、ラブソングも台無しな感じがしてくる・・・。結局、訳者が日本語で歌って、訳を書いた紙をアメリカ人に配ることを勧めてくれたので、藁にすがってそうさせてもらった。歌った後は、背の高い(私も高いけど・・・)友人に抱きしめられて、幸せだった。彼女の気持ちが伝わってきた感じ。

言葉にならない言葉(タイトル) Unspoken Words (Title)

あなたとふたり こうしていると When I am doing this with you

言葉を失くす わたし       I lose my words

心の中に 溢れるほどに 思いは満ちてるのに

Though my exuberance love for you is filled up in my heart,

私は 何も 言えないままに あなたを見つめるだけ

As I am unable to say anything, I can only keep my eyes on you

 

 言葉でなんか 表せないの   Words cannot express

私の胸の想い           my feeling for you in my heart 

渚に浮かぶ貝殻みたい 何にも言わぬ、わたし 

Like sea shells floating on the beach, I do not say a word

あなたはだけど 分って欲しい 私の胸の愛を

But I want you to know my ardent love for you in my heart

あなたはだけど 分って欲しい 言葉にならぬ愛を

But I want you to know my unspoken love for you.

     

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日本語教室が終わった

2005-12-08 10:41:22 | うるるん

秋から始めた日本語教室(ボランティア)、今日で最終日を迎えた。お約束の通りにティーパーティを開いた。簡単なお茶と、お菓子だったが、喜んでもらえた。この辺の喜び方はアメリカ人に学ばなくては・・・・と、思うところでもある。サービスを提供する側を非常に喜ばせるような、受け入れ方をしてくれるから。

お菓子とお茶で、覚えた日本語を披露してもらおうとしたが、日本人のおばあちゃんを持つ男の子が、自慢のおばあちゃんと一緒に来てくれていたので、どうも話がそっちに向いてしまった。とっても、美しい方で、引き込まれるような雰囲気の方だった。で、皆でその方の話を英語で聞いて盛り上がったりして・・・・。でも、ところどころで、日本語を入れてくれるのよね、サービス精神の旺盛なアメリカ人は。ということで、私も、コンナ機会を得れてよかったし、なによりも友達が出来たことが本当に嬉しい。

今話題の、芸者さんの話の映画を一緒に見に行く約束をしたし、1月からも、また新たに日本語の教室をやることになっている。なので、またね、1月にね、で皆と別れた。

素敵な彼のおばあちゃんとも、またお会いする約束をした。

なんだか嬉しいなあ。こんないいこともあるのね。人間関係ストレスも産むけど、喜びもそこからなのね。

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棹差す!棹がない

2005-12-06 06:13:30 | がっちんこん

調子が悪い日が続くと、なにやら物事が悲観的にしか見えなくなる。意地悪をされているような気がしたり、嫌われているような気がしたり。そうなってくると、自分が何をやっても、何事も誤解され、理解されないような、気持ちになって来る。しかし、これには打つ手が実はない。棹も見当たらない。石でも投げてみようか。たとえ石を投げたにしても、落ちていくだけ。流れに影響はない。はずだ。

流れなんて、時のもの。変らないようにして、毎日変っていたりする。

必要なのは発想の転換だ。

棹といえば、実家で、棹と脚立を持ち出して、柿を取ったことを急に思い出した。何年ぶりだったろう。田舎の静かな空気のなかで、私たちの声が響き渡っていた。

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いじけ虫

2005-12-04 11:20:11 | なっとくる

英語がとってもお上手で、現地の人とコミュニケーションをうまく取れるだけでなく、ボランティアとして、様々のお手伝いをしていた、素敵なkさんが帰国されることになった。私は、日頃から、決して大学時代とか、英語を専門的に勉強されていたわけではなかったとお聞きした彼女が、どうして、あんなにいきいきと英語圏で生活しているのか、非常に興味があった。そこで、送別会にと時間を作ってもらい、親しい友人と3人で、その友人が作ってくれた、ランチをご一緒した。

面白いもので、お話を聞いていて、ご当人はあまり、何故か・・・を意識していない。これが秘訣です、と自信のある秘話もなければ、ここまで隠れた努力をしましたという、苦労話もなかった。しかし、一連の話を聞いていた、友人が、そっか、いじけないのね、と一言。私も、そっか。。。。。と。納得した。

つまり、人間は会話の中で、一人だけその話題に入れなかったりすると、その場所に居られない違和感を感じたりする。これは万人が経験することだと想う。そのなかで、私などは、しばしば、いじけ虫が登場し・・・どうせ。。。。私は疎外されている。。。。ここに、私の居場所は無い。。。と思い、もう二度と同じ思いをしないようにと、行動に規制をかける。一種の自己防衛本能だろう。もう二度と。。固く誓う。

英語の会話の中で、自分一人が分らないときがこれにあたる。特に米人2人以上が話し始めると、とてもそのスピードに付いていけないから、尚更いじけ虫は大きくなり、異文化での難しさにその根拠を求め、同じ間違いを犯さないように注意する。つまり、米人と話をすることを避けようとする。

彼女は、そんなときは、自分が透明になっていく感じがするという。周りの人が、自分を意識していないということは、無意識に自分の存在が認められているということであり、許された自分を感じるのだと。だから。。。。あとで、ゆっくり聞いてもいいし、ことさらその内容が分らなくてもいいと。

友人曰く、いじけないのね。

そっか、私にはいじけ虫の巣が何個もあるようだ。言葉の問題だけでなく、これは人格的な問題なのかもしれない。ちょっと、見つめてみよう。自分のなかのいじけ虫。

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逃げないこと

2005-12-02 03:18:11 | がっちんこん

こちらに戻ってから、過酷だった2週間が終わり、やっと落ち着き始めた。時差ぼけとも、当分お目にかかりたくはない。試験はどうにか終わったが、意識がミッドナイトなので、夢の中で試験をやっているようだった。どっちが現実か分らない感じ。エッセイも泣き言をいいながらも書けた。提出時期を間違えていたという、落ちがついつがその分、余裕をもって、あとの試験を受けられそうな気がする。辛かったけど、途方に暮れたけど、逃げないでよかった。結果は恐ろしい。でも、それはそれとして、中途半端にしなかったのはよかったのだと、納得する。

引越しもあるし、試験も二回、エッセイも一回、ボーナスエッセイ一回をこなさなくてはならない。準備よくやりたいもの。

ミシガンは雪がふっている。

 

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