新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

女子W杯決勝トーナメント第一戦観戦記

2015-06-24 14:52:29 | コラム
先程掲載した「女子W杯準々決勝戦観戦記」は誤りだったので、加筆の上お詫びして改題します。

勝って良かった、本当に良かった:


試合終了後のインタビューで宮間も阪口もこう答えていたのが印象的だった。考えてみれば4年前のW杯の予選リーグ勝ち抜き以降、未だ一度も負けていないのだから大したものであると同時に、彼女たちは凄いことをやってのけていると賞賛したい。

結果としては画面では解らなかったが、海堀がヘッデイングシュートだったのか何だか解らなかった球を捕り損なって失点し、一気に危機感が出たものの、相手が流れの中で決める技がなく、シュートも下手だったことに救われた感もあった。しかし、誰が何と言おうと「勝った方が強いのであり、技術も上だったこと」は間違いない。実は、秘かに「前半にもう一点取っておかないと、後半に苦しめられそうだ」と心の中で叫んでいた。

そこで、「勝って良かった」と言わざるを原因を分析してみよう。先ずは「シュートが不正確だったこと」を挙げたい。何本シュートがあったか知らないが、相手のGKがストライクで捕球したものがどれだけあっただろうか。要改善項目だ。次が「未だに欧米人の足の長さに対するパスの強度と速度の感覚が掴めていないこと」を挙げたい。不正確になるか、横取りされ危機となりかけたパスが何本あったかを回顧・反省すべきだ。

三番目は「オランダの自陣での守りの際の寄せの速さと当たりの強さに苦しめられたこと」を挙げる。これ即ち、大儀見に象徴される相手に背中を向けた際のトラッピングの悪さであるし、背中を向けざるを得ない縦パスが多過ぎたということでもある。そのために折角良い形になりかけても途切れてしまうし、「セカンドボール」とアナウンサーが言う(我々の時代では「こぼれ球」等と言った記憶がある)クリヤーのし損ないや文字通りのこぼれ球をほとんど相手に拾われていたことを採り上げたい。

これは「次ぎに何が起きるかの予測というか勘が悪い」と言うことにも通じる気がするのだが。私はこれまでにも、これを「サッカーとは”anticipation”のゲームである」と指摘してきた。この手の次ぎに何か起きるか(球が何処に洩れてくるか)の読みが良い者の例には、ゴールまで素晴らしい動きを見せる岡崎慎司を挙げておこう。

良かった点は勿論多々あった。先ずは組織的に動いて意図を感じさせるパスが多かったこと。オランダはこれに体格の良さと、上に挙げた寄せの速さで潰しにかかったいた。次は「流れの中で2点取ったこと」を挙げる。身長差を考えた時に、所謂セットプレーからの得点が難しそうだったので、あの点の取り方は良かったと見る。しかも2点目は当方の懸念を一掃してくれる価値があった。阪口はあの時に「スルー」と声をかけていたのかななどと思って見ていた。

その他にはオランダになかった動きで、最前線の大儀見と大野が実に忠実に動いてオランダ側でGKか中継で言うディフェンダーにボールが回った際に圧力をかけて、攻撃への動き出しを止めていたことを褒めておくべきだったと思う。あれほど動けば疲労もするが、たとえ空振りというか無駄走りのようでも、行ってくれるだけで守る方には有り難いものなのである。

全般的に見て我が方が全てオランダよりも上だったと見たし、何と言ってもW杯を制覇した経験があるので、「勝ち方を知っている」と言うか「ここぞというピンチとチャンスに慌てず騒がず、対応する能力を備えていた点では貫禄が違うと見た。次ぎのオーストラリア戦でも、敵は(相手はかな)この勝ち方を知る貫禄と戦う苦しさを味わい知ることになるだろう。

ところで、我が方のご贔屓の近賀の顔が偶に写されたベンチにも見当たらなかった。故障かそれとも佐々木監督は有吉の方が上手いと決められたのだろうか。余談だが、NHKのBSでも解説に出てた矢野喬子も年次が下の者たちに「選手」を付けて呼んでいる。私には聞き苦しい。彼女の立場は最早仲間ではなく、別の角度から見るのであるから、我が国の文化である「敬称」的なものを付けるのはおかしいと思う。呼び捨てで良くはないのかな。

何れにせよ、次ぎのオーストラリアは恐らくオランダ以上に体格差と身長の差と当たりの強さを武器にして挑んでくるだろう。当方は長い間「一丸」とはならない国の会社に在籍していたので、一丸となってとは言いたくない。そこで、我が代表は全員心を一つにして、平常心で、その局面で選んで攻め方と守り方が最上の「手」となるように、一所懸命にやって連覇に向かって突き進んで欲しい。


女子W杯準々決勝戦観戦記

2015-06-24 13:57:02 | コラム
勝って良かった、本当に良かった:

試合終了後のインタビューで宮間も阪口もこう答えていたのが印象的だった。考えてみれば4年前のW杯の予選リーグ勝ち抜き以降、未だ一度も負けていないのだから大したものであると同時に、彼女たちは凄いことをやってのけていると賞賛したい。男子が不甲斐ないので、彼女たちには期待するのだ。

結果としては画面では解らなかったが、海堀がヘッデイングシュートだったのか何だか解らなかった球を捕り損なって失点し、一気に危機感が出たものの、相手が流れの中で決める技がなく、シュートも下手だったことに救われた感もあった。しかし、誰が何と言おうと「勝った方が強いのであり、技術も上だったこと」は間違いない。実は、秘かに「前半にもう一点取っておかないと、後半に苦しめられそうだ」と心の中で叫んでいた。

そこで、「勝って良かった」と言わざるを原因を分析してみよう。先ずは「シュートが不正確だったこと」を挙げたい。何本シュートがあったか知らないが、相手のGKがストライクで捕球したものがどれだけあっただろうか。要改善項目だ。次が「未だに欧米人の足の長さに対するパスの強度と速度の感覚が掴めていないこと」を挙げたい。不正確になるか、横取りされ危機となりかけたパスが何本あったかを回顧・反省すべきだ。

三番目は「オランダの自陣での守りの際の寄せの速さと当たりの強さに苦しめられたこと」を挙げる。これ即ち、大儀見に象徴される相手に背中を向けた際のトラッピングの悪さであるし、背中を向けざるを得ない縦パスが多過ぎたということでもある。そのために折角良い形になりかけても途切れてしまうし、「セカンドボール」とアナウンサーが言う(我々の時代では「こぼれ球」等と言った記憶がある)クリヤーのし損ないや文字通りのこぼれ球をほとんど相手に拾われていたことを採り上げたい。

これは「次ぎに何が起きるかの予測というか勘が悪い」と言うことにも通じる気がするのだが。私はこれまでにも、これを「サッカーとは”anticipation”のゲームである」と指摘してきた。この手の次ぎに何か起きるか(球が何処に洩れてくるか)の読みが良い者の例には、ゴールまで素晴らしい動きを見せる岡崎慎司を挙げておこう。

良かった点は勿論多々あった。先ずは組織的に動いて意図を感じさせるパスが多かったこと。オランダはこれに体格の良さと、上に挙げた寄せの速さで潰しにかかったいた。次は「流れの中で2点取ったこと」を挙げる。身長差を考えた時に、所謂セットプレーからの得点が難しそうだったので、あの点の取り方は良かったと見る。しかも2点目は当方の懸念を一掃してくれる価値があった。阪口はあの時に「スルー」と声をかけていたのかななどと思って見ていた。

全般的に見て我が方が全てオランダよりも上だったと見たし、何と言ってもW杯を制覇した経験があるので、「勝ち方を知っている」と言うか「ここぞというピンチとチャンスに慌てず騒がず、対応する能力を備えていた点では貫禄が違うと見た。次ぎのオーストラリア戦でも、敵は(相手はかな)この勝ち方を知る貫禄と戦う苦しさを味わい知ることになるだろう。

ところで、我が方のご贔屓の近賀の顔が偶に写されたベンチにも見当たらなかった。故障かそれとも佐々木監督は有吉の方が上手いと決められたのだろうか。余談だが、NHKのBSでも解説に出てた矢野喬子も年次が下の者たちに「選手」を付けて呼んでいる。私には聞き苦しい。彼女の立場は最早仲間ではなく、別の角度から見るのであるから、我が国の文化である「敬称」的なものを付けるのはおかしいと思う。呼び捨てで良くはないのかな。

何れにせよ、次ぎのオーストラリアは恐らくオランダ以上に体格差と身長の差と当たりの強さを武器にして挑んでくるだろう。当方は長い間「一丸」とはならない国の会社に在籍していたので、一丸となってとは言いたくない。そこで、我が代表は全員心を一つにして、平常心で、その局面で選んで攻め方と守り方が最上の「手」となるように、一所懸命にやって連覇に向かって突き進んで欲しい。


永瀬昭幸氏は言う

2015-06-24 09:00:13 | コラム
「アベノミクスよりすごい日本再生論」の中の英語教育改革論:

President誌の2015.7.13号に掲題のナガセ社長・永瀬昭幸氏のスペシャル・インタビューが掲載されている。その内容も兎も角、私には2ページ目(128ページ)にある”英語力は世界でも劣等生!●全169ヶ国”という二つの表に大いなる関心があったと同時に、我が国の英語教育の成果には寒心を禁じ得なかった。

表の詳細は省略するが、一つ目のTOEFL(iBT)スコアの国別ランキングにおける我が国の順位は138番目であり、遺憾ながら韓国の65位と中国の113位の後塵を拝している。実は正直に言えば、当方にはこの結果は驚きでも何でもない。

二つ目の表の”「スピーキング」のスコアだけ見ていると”では、世界最下位の166位タイで、コートジボアール、トーゴ、サウジアラビアと並んでいる。ここでも韓国が116位で中国は140位だった。なお、これは同社の編集部が「Test and Score Data Summary for TOEFL iBT Tests January 2014-December 2014 Test Data」をもとに作成したとある。

永瀬氏はこのページでは「世界で活躍出来る人材を育成するためには?」と問われて

「先ずは子供の英語力を伸ばすことでしょう。20年後を見据え、グローバル化に対応した英語教育改革が順次実施されていますが、従来の方法では、本当に英語を使いこなせる人材は育ちません。英語を学ぶ目的は、読み書きのレベルを高めることではないはずです。

国際社会に出たとき、相手の言葉に耳を傾け、自らの意見を述べ、相手を説得できるくらいに発進力を高めることが狙いです。英語能力を測るテストであるTOEFL iBTの国別平均スコアを見ると、スピーキング部門で言えば日本はi一六九ヶ国中最下位(14年)。読み書きの勉強だけしていると、こういうことになってしまいます」(以下略)

と言っておられる。

誠にご尤もなご指摘だが、これを東進ハイスクール、四谷大塚、イトマンスイミングスクール等を経営しておられる方に言われると「何だかな-」という感があるのは何故だろう。何れにせよ、我が国の学校教育の英語の教え方を如何に改革するかが肝心な問題だが、文科省は既に中学3年で「読み・書き・聞き」等の試験をすると決めてある以上、永瀬氏の説とは相容れない方向に進んでいる気がするのだ。

TOEFLの他にも、かのTOEICの試験の成績を重要視する学校や企業がある限り、改革の方針と方向を何処に定めるかを決めることが先ではないかと思っている。遺憾ながら韓国の教え方の方が実践的に優れている事実は、私以外にも体験された方が多いはずだ。さらに近頃日本語を実に巧みにこなすアジア人と欧米人が多いことを良く考えてみるべきだ。彼等は我が国の英語教育よりも短期間に学習の効果を挙げているではないか。文科省の熟考を求めたい。