新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

私の人生最後の2大懸案事項

2021-10-16 09:18:08 | コラム
寿命との兼ね合いであると迷っている:

間もなく89歳を迎える身として、今年の初め辺りから「どうしようか」と迷っている事項が二つあった。「携帯電話をスマートフォンに切り替えるべきか」と「マイナンバーカード取得の手続きをすべきか」である。「何だ。簡単なことではないか。何を迷うのか」などと言わないで貰いたいのだ。超後期高齢者が迷うには迷うにはそれなりの理由があるのだ。

スマートフォンに切り替えるか:
先ず、スマートフォンから行こう。ドコモから5回もDMが来たので「らくらくスマートフォンに切り替えなさい」と、知らせるというか勧誘する意味は承知している。だが、切り替えにドコモショップに来る際は電話予約せよとあるのを見て「矢張りNTTは頭が高いな」と余り愉快には思わなかった。教えられた0120にも電話で尋ねてみた。だが、月に送受信共に精々2~3回程度の利用であり、メールも検索も70歳になった年に止むを得ず導入したPCで十分なので、らくらくフォンで十分に用は足りているのだ。

しかも、3Gのサービスは26年まで続けるのであれば、切り替える理由は見当たらないのだ。もしも問題があれば、何年か使ってきた電池の寿命が切れそうなことくらいである。費用の点ではらくらくスマートフォンに切り替えても、初年度は寧ろ経費削減になるとは知らされている。

だが、新たなる問題が出てきた。それは「我が国では何時の間にかスマートフォンを所有することが、政府の全てのデイジタル化というか合理化策の基本になっていること」なのだ。例えば、ワクチンパスポートが話題に上っているが、テレビのニュースに出てくる絵では、それはスマートフォンに組み込まれているのだ。その他にも多くのデイジタル化はスマートフォンが基本になっている。これでは、寿命との兼ね合いなどとは言ってみても、遠からぬ将来に何とかペイを組み込んだスマートフォンを持っていないと買い物にも行けず、外食も不可能になるだろう。

自分自身としては未だ死にたくはないし、その予定もない。だが、心筋梗塞を3度も経験して生き残り、BNPの数値が9月の検査では250だったのでは、いつ何時また心不全に襲われるかは解らないので迷っているのだ。ここ2~3年の間に何件の携帯電話に入っていた友人・知人の電話番号を削除したことか。何れ、私の分も削除されるのだと解っている。

マイナンバーカード取得:
報道によれば、取得者が4,000万人を超えたとあったし、このカードを持つことによる便利さが次々と出てくるようなのだ。いや、それが菅前首相が主導されたデイジタル化であるようだ。ここでも、私は寿命との兼ね合いで迷うのだ。早い話が区役所に照会したら、手続き後に現物が来るまでには2ヶ月を要するのだそうだ。それでは89歳になってからのことで、無事にその日まで生き長らえるかと不安になる。私は住民基本台帳のカードを持っているが家内は持っていないので、近頃何かにつけて煩くなった「本人確認」は写真がない健康保険証だけになった。

それでは不便だとばかりに、ここからは遠くて交通の不便さしかない区役所を避けて、徒歩でも行ける大久保地域センターに行ってみた。解ったことは①申し込みの書類を貰って自分で写真を撮って貼り付けて郵送する、②スマートフォンかPCを使って申請するかの選択だった。2ヶ月を要するのは「外部委託するから」だった。カードができれば通知されるので、このセンターに来て自分でタッチパネルを使って確認して受領することだった。矢張り、スマートフォンは必要なようだった。

スマートフォンを持っていないことは致命傷ではなかったが、区役所は恰も代理店業のようだった。また、写真はその場では撮れず、何処か街中の証明写真用のスタンド(?)のご利用をと提案された。また、健康保険証として使えるという報道は先走り過ぎのようだと、窓口の女性が指摘した。

でも、思い切って出掛けて見たお陰で、色々知り得たのは収穫だった。ではあっても、歩いては40~50分かかるか、バスを乗り換えれば行ける区役所を避けたために、写真を撮れるところを探さねばならなくなった。何の事はない、デジタル化ってのは我が方の協力の下に成り立つことのように思えてならなかった。先ほど、家内はジムに出かけたが、その往復で高田馬場駅周辺で証明用写真を撮れるところを探してくる。