新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

兎角この世には

2021-11-07 11:06:11 | コラム
一寸気になっていることがある:

*自公内閣は「やるやる詐欺」ではないか:
先ほど、フジテレビのThe Primeに出ておられた大阪府知事であり日本維新の会副代表・吉村洋文氏は「維新の会が国会でやりたいことは」と尋ねられて「自公内閣がずっとやるやると言うだけで一向に実行しない憲法改正であり、これでは恰もやるやる詐欺状態である」と言い切っておられた。憲法改正に対しては野党と朝日新聞他のマスコミ連合軍が執拗に反対しているのと、公明党が消極的であることも原因」と思ってきたが、「やるやる詐欺」とは思い切った言い方だと、単純に感心していた。

余談になるかも知れないが、本日の渡部亮次郎氏主宰の「頂門の一針」では加瀬英明氏が「現在の所謂平和憲法はマッカーサー元帥の問い掛けに対して近衛文麿首相が答えた『政府の構成』を外務省の通訳がコンステイテユ―ション(constitution)と誤訳したので、マッカーサー元帥が『日本は憲法を変えたいのかと受け止めた』と指摘されていた。「構成」は“makeup”とされるべきだったそうだ。

この憲法改正が遅々として進まないことを「やるやる詐欺」呼ばわりするのだったならば、小泉内閣でDPRKから5名を帰国させた実績以降、全ての内閣が最優先事項に掲げてきた拉致被害者の奪還をも、吉村日本維新の会副代表は取り上げる必要があった気がして聞いていた。

*酵素・nsp14:
昨日、何気なくスマートフォンで読んでいたYahooニュースで、もう一度言っておこう「スマートフォンで読んだのだと」、新潟大学の研究では「我が国では他国と比較して新型コロナウイルスの第5波を急速に収束させている要因に、日本人が体内に持っている酵素・nsp14がデルタ株を破壊させる効果があるからだ」とあった。この研究の正当性が何処まで実証されるかなどは知る由もないが、少なくとも朗報であると解釈した。

だが、我が国ではアメリカやヨーロッパの諸国のようにマスクの着用に抵抗したり、ワクチン接種を忌避したりする人たちが少ないことも、感染者の数を他国と比較して非常に低く抑えている要因だと思っている。そうだからと言って、未だ未だ油断は禁物であり、矢張り第6波はやってくると覚悟して警戒を怠ってはなるまいと思う。

*ハードルが高い/低い:
またまたカナカナ語の批判を展開するかと思われそうだが、そうばかりではない。もう数年前からの流行で老いも若きも(猫も杓子もとも言いたいが)「何か越えなければならない困難や関門」のことを比喩的に「ハードルが高い/低い」と言うようになってきた。確かに、私は「何で素直にそう言わないで、カタカナ語を使うのか」とも言いたいが、今回は論点が違うのだ。この「ハードル」の解釈は広辞苑から引用してある。

それは「ハードル」とはトラック競技の「障害物を飛び越えて走る種目における障害物」を指しているのだ。しかしながら、そのハードルの高さは常に一定であって、高くも低くもならないものだ。高くなることがあるのは「走り高跳び」か「棒高跳び」のバーではないのか。尤も、このバーを下げるのを見たことはないが。バーが高くなる度に難易度が増すので、その事を比喩的に使いたくて誤って引用したのではないのだろうか。

その誤解というか誤認識を指摘するべきはずの報道機関はそうする気配もなく、嬉しそうに使っている見識の無さが情けない。これを言いたければ「飛び越えるべきバーの高さがまた上がってしまい、目標の達成が困難になってしまった」か「あのバーの高さを飛び越えるだけの跳躍力が不足している」のようにキチンとした日本語で表現する方が良くはないのか。

因みに、“hurdle”をOxfordで見ると“a problem or difficulty that must be solved or dealt with before you can achieve ~”とある。将に誤用されていると言うか「ハードル」とされているカタカナ語の意味の通りだ。だが、それを言うのならば「難易度」で表すべきで「高低」ではあるまい。なお、私は何時でもOxfordの表現を和訳しない。それは「我が国の英語教育では読解力を高めることに重点を置いている」ので、私如きが敢えて和訳するまでもないと見ているからだ。