新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

11月10日 その2 カタカナ語の問題点

2021-11-10 14:23:27 | コラム
何故カタカナ語は濫用されるのだろうか:

私は我が国の学校教育で単語を重視してただひたすら数を覚えさせていることが好ましくないのであり、それに加えてテレビに登場する人気が高い芸人やタレントどもが「これ見よがし」じゃなかった「これ聞こえよがし」(?)にカタカナ語を使ってみせるので、ミーハー族が真似をしてしまうのだし、テレビ局も無定見にカタカナ語を流すこと等々が今日までの濫用というか、粗製濫造の基になっていると見ている。

つい先頃のことだった。テレビのニュースの登場した外飲食店の大将が、失礼!代表取締役だった、「うちは~をメインにしているので」と語っていた。このように“main”という単語はカタカナ語化されて広く使われているようになっていたのだった。私はそのことを何のかんのと言う気はない。それは、この単語が最も広く使われている意味の「物・事が全体の中で重要度、大きさについて主な、主要な、中心になる」と言うところを外していないのだから。

だが、しつこいことを言えば、単語の意味を覚えるときに「これが形容詞だった」という点を蔑ろにしていた点が不味いのだ。この場合は形容詞なのである。名詞の場合の意味は「ガス・水道の本管」という意味になってしまうのだ。理屈を言えば「当店のメイン料理は~であります」と言えば形容詞になっているのだ。またまた、うるさいことを彼奴が言っていると思われるだろう。だが、単語を記憶するときに形容詞であるかないか、その単語が文章の中でどう使われているかくらいをチャンと承知しておけば、このような単純な誤用にはならないはずだ。

「メイン」などの使われ方は未だ意味を正しく覚えているから良いのだが、中には全くの誤用になっている例もあるので困るのだ。例えば、何度か採り上げた例に“stress”=ストレスがある。これはウイルス感染の防止策で不要不急の外出をしないように要請された結果で、不満が溜まってしまうことを何処かで誰かが謝って「ストレスが溜まる」と表現した結果で、猫も杓子も「ストレスだ、ストレスだ」と言うようになった。

“stress”とはジーニアス英和には「精神的・感情的な緊張、圧迫、圧力、重圧」とある。Oxfordには“MENTAL”として“pressure or worry caused by the problem in ~’s life”と出てくる。「こういうものが外出出来ないと貯まるのか」という問題だ。明らかに“frustration”即ち「欲求不満となる」の間違いであろう。私は在職中に多くの問題を抱えて精神的な重圧に苦しめられていた。その辛さで全身が凝っていたし、頭痛に悩まされていた。本部の人たちには「ストレスに悩んでい状態」として知られて、同情もされていた。明らかに“frustration”ではなかった。

「トラブル」などは誤用という範疇に入れるのではなく「濫用」としたいのだが、これについては何度も「おかしい」と指摘してきたので、ここでは触れない。代わりに「メリット」と「デメリット」を挙げておこう。

“merit”は、私がどうのこうのと言わないまでも、ジーニアス英和には「長所、利点、(賞賛に値する)美点。◆日本語のメリットはadvantageに当たることが多い」と出ている。これに尽きると思う。即ち、英語の単語の意味の誤解であり、誤用である。遺憾ながら、猫も杓子も使ってしまっている。ここには良い例文が出ていて“Email has its merits and demerits.”とあった。「長所も短所もある」と言っているのだ。なお、demeritという単語の発音は「デイーメリット」となる場合が多いのである。

未だ未だ「ローマ字読み」による弊害なども論じたいのだが、これ以上論じていくと焦点が定まらなくなる危険性があるので、別の機会に譲りたい。もしも、「我が国の英語教育には細かい問題点が多いのだな」とご理解願えれば幸甚である。


「やるやる詐欺」を英語にすれば

2021-11-10 13:15:17 | コラム
アメリカにも「やるやる詐欺」を意味する表現があるのだろうか:

先日、私が吉村洋文大阪府知事が「自公内閣が憲法改正をすると言っていながら一向に着手しないのは『やるやる詐欺』ではないか」と決めつけていたので、それを英語にしたら何と言うのかと検索していたという件について、渡部亮次郎氏主宰の「頂門の一針」で北村維康氏が下記のように述べておられた。

<彼は、「やるやる詐欺」とは、英語で何と言ふのかと、頻りに探求 してをられるが、要するに「やる」と宣言して、そのままずるずると何も しないのは、要するに食言であり、和英辞書では、「食言する」 は、"break one's promise {word}; go back on one's word"と出てゐる。つまり、欧米的には、「やる気がない」とみなされてしまふのである。>

私は偽らざる所を言えば“all talk and no action”辺りがそれを表しているのではないかと思って、検索してみるとWeblioにこれと同じ表現が例文で出ていたところまで突き止めたのだった。だが、正確を期すればアメリカの元同僚や高学歴を誇る友人たちの意見を聞いてみたかったのだ。しかしながら、最早英語の世界から離れての27年目も終わりに近くなると、英語で何か書くのが億劫になったというか、関西風に言えば邪魔くさいのでついついほったらかしにしてきた。

畏メル友RS氏は“「do-it-yourself-scam”というのもある」と知らせて下さった。そこで、近日中に彼らに問い合わせてみようと思うのだが、何となく気が進まないのだ。こう言って何時まで経っても問い合わせなければ、私自身が“all talk and no action” fraudになってしまうかと、またまた気になってきた。