新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

9月6日 その2 英語の勉強法

2022-09-06 14:28:27 | コラム
私はこうしてnative speakerたちから学んだ:

私はこれまでに繰り返して「我が国の学校教育における英語と、native speakerたちが話して書くEnglishは別なものである」主張してきた。実際に彼らの中に入って日常的に使われているEnglishを聞き且つ見ていれば、英語とは似て非なるものどころの騒ぎではないことが、良く解ってくるというものだ。

先日は「誰のために」か「誰が」ということを明確にしたいためには、”for me”か”for 誰それ”を明確にしなければならないという点を取り上げた。今回は、現実にnative speakerたちがこのような表現を使っていたことで未だに鮮明に記憶している例文を、幾つか挙げておこうと思う。

先ずは未だ帰国していないこれからの帰国子女の、小学校低学年の女児から。シアトルから帰国する便の機内で隣の席にアメリカ駐在が終わって目出度く帰国される商社の一家4人が来たことがあった。未だビジネスクラスなどという有り難い席がなかった頃の話だ。ご夫婦と小学校と学齢前のお嬢さんたちだった。その小学校のお嬢さんが立ち上がって、離れた席に座っていた商社マンに向かって、"Daddy, get that comb over there for me. Thank you."と語りかけたのだった。

それは文字通り「お父さん、そこにある櫛を取ってよ。有り難う」なのだが、注目して貰いたい事は、アメリカ生まれで小学校にまで通っていたから言えることで、ちゃんとfor meが入っている点なのだ。省略しても通じる日本語での会話ならば、何も「私に」と言わないでも済むのだが、この女児は英語(English)脳になっていたのだ。

この語りかけはお父さんには通じたが、奥方は「何時もこれなので、解り難くて困っています」と正直に打ち明けておられた。即ち、「アメリカで生まれ育ったお子さんが日常的に言葉遣いもアクセントも日本で教えている英語とは非常に違う、アメリカのEnglishで話すので困る」ということなのだ。

次はウエアーハウザーの本社内でのことから。私がお客様と話し合おうと会議室に入ると、その前に会議をしていた連中の書類がテーブルの上一杯に散乱していた。お客様を案内してきた副社長秘書さんが慌てて言ったことは”I will put those out of your way for you.“だった。要するに「直ぐにテーブルの上を片づけます」なのだが、ここにもfor youが入っている。勿論、そこまで言わずとも済むかも知れないが、それを必ず言うのが英語の理屈っぽさなのだとご理解願いたい。

最後はfor youから離れる幼き将来の帰国子女の英語を。この場合は某商社のシアトル支店に駐在していた従兄弟の息子である。彼の家に食事に呼ばれていた。確か当時は3歳だった男の子がLegoを使って一人で遊んでいた。やがて一人遊びに飽きて、それが入った箱から何個かを抜き出して母親に”Mammy. Do you think you can make something out of these?“と言ったのだった。ここにはout ofが使われているなど、かなり熟れた立派な英語の文章だった。

「これを使って何かが出来ると思う」と言っているのだが、逆に「この日本語の文章をこのような英文に仕上げて見ろ」と言われれば、そう簡単な作業ではないのではないのかな。

母親は当惑した表情で、前出の商社マンの奥方と同様に「何時もこういう難しいことを言わせられるので困っています」と嘆いていた。それは「何かを組み立てられるとしても、そのことを英語で言うのはかなりの難問だ」という意味。私は感心してその男の子に向かって思わず「へー、そういう時にはそう言えば良いの」と日本語で言ってしまった。上手いなと感じた点は、Do you thinkから入って行った辺りだ。

実はこの男児には、彼の大叔父の葬儀の際に20数年振りに再会した。そして「覚えているかい。20何年か前にシアトルで君と英語で会話をしたことを」と振ってみた。既に大学も卒業して社会人である彼は「全く覚えていません。第一、今では英語なんて全く話せません」と言うのだった。従兄弟も「帰ってきてから直ぐにこいつの英語は何処かに雲散霧消したよ」とまで言う始末。将に「帰国子女は辛いぜ」だった。


高田馬場駅前にVESSEL HOTELが新規参入

2022-09-06 08:11:15 | コラム
また新しいホテルが高田馬場に:

何が出来るのかなと思って何気なく見ていた高田馬場駅前の交差点のところの改築工事は、囲いが取れてみれば、最上階にVESSEL HOTELと表示されていた。この駅前には確か今年になってから矢張り古いホテルが改装工事を終えて蓋が開けられてみれば、SOTETSU GRAND FRESAだった。「またホテルか。それでも大丈夫なのかな」とつい気になってしまったと同時に「もしかして景気回復の刺激材料になれば良いが」とも感じている。

それほど新宿区にはオリンピックの前後から多くのホテルが新規開業しているのだ。ここから見えるだけでもAPAは4~5軒あるし、矢張り視界に入ってくる明治通りの東新宿には、オリンピックの前だったかにサンルートインから変わった相鉄フレッサインがある。新大久保駅から我が家にいたる路地には、中と極小のホテルが併せて2軒開業したばかりだ。

余計なことかも知れないが、オリンピックも終わり、インバウンドとやらが未だ未だ復調していないこの時期に、これほどホテルが新規開業して宿泊客が集まるものなのかと心配して上げたくなってしまう。

また、新型コロナウイルス感染が怖れられる時が来ては、最早殆ど近場にですら出歩かなくなってしまったので、日本全国にどのようなホテルチェーンが展開されているかなどには全く疎くなっている。相鉄のフレッサ等は永年神奈川県に住んでいたので相模鉄道には馴染みがあるので「なるほど、沿線でホテル事業を展開していたのか」と少しは納得していたが、東新宿や高田馬場に土地勘があるのかなと考えてしまう。

尤も、藤沢駅南口のフレッサには数年前に、2日続けてクラス会とサッカーの会が開催されたときに一泊したこともあった。ところで、VESSEL HOTELについては全く知識が無かったが検索してみれば、広島市に本拠を置いて沖縄等から全国展開していると知った。

そこで考えたことは、これほどホテルが増えれば、それに伴ってベッド、マットレス、家具調度、家電製品、リネン、食器等々の需要が増加するのではないかという点だ。さらに、ホテルの従業員の求人も増えるだろう。さらに、建築工事要員と建築材料の需要も増加するのではないのだろうか。ここ百人町周辺でも日本人向けの食べ物屋が相次いで閉鎖され、その後に建つアパートの現場で作業員の中には明らかに外国人と見える者たちが散見される。

私には具体的にどのようになっているかは解らないが、このように建築工事が増えていれば、現在のように伸び悩みの時期にあっても、潤っている業種というか、業界もあるのかなと観察している。アメリカでは住宅着工が伸びれば、上述のような関連業界の需要が喚起されるので景気が上向いていくと認識されている。この見方が我が国にも当て嵌まれば、景気を改善させる材料になるのかなと考えているのだが。だが、鍵はどれほど旅行者が増えるかではないのかな。