杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

久々の上映会

2009-03-14 23:31:13 | アート・文化

 昨日もご紹介したとおり、映像作品『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』の上映会が、今日(14日)13時30分から、静岡県立美術館講堂で開かれました。

 

 15分ぐらい前に会場に着いたら、250席の講堂に座っているのは20数人。そういえば美術館の玄関ホールや会場前には、それらしい案内やポスター類などは一切なく、大々的に告知しているわけでもなく、無理もないかなぁと肩を落としながら、最後列の席に着きました。

 

 しばらくしたら、作品の制作請負団体であるしずおかコンテンツバレー推進コンソーシアム専務理事の平尾正志さんがやってきました。昨日(13日)でコンテンツバレーの派遣業務を終え、週明けから元の職場(SBS静岡放送本社)に戻るそうで、これが実質最後のお勤め。お勤めといっても、今回の上映会はコンテンツバレーの職員にとっては業務でも何でもなく、平尾さんは休日返上し個人的にかけつけてくれたのでした。

 そんな奇特な人はほかにはいないだろうな、と思っていたら、金両基先生がフラッと登場。お会いするのは昨年10月のしずおか地酒サロン『国境を越えた匠たち』以来だったので、「せんせ~!」と思わず抱きついてしまいました。

 

 

2009031413310000

 気が付くと、講堂内は半数以上の席が埋まっていました。ホッと息をついたところで、上映が始まったら、講堂内の照明が消えずに、久能山東照宮から始まる冒頭シーンが台無し。オープニングタイトルが始まる頃、やっと場内が暗くなったのですが、悲しいかなハイビジョン再生機ではないので、画が粗く暗~く、サイズも4対3で、林隆三さんがスリムに?見えてしまいました。…仕方ないですね、静岡市内でハイビジョン映像の上映ができる設備を持っているのは、コンテンツバレーが運営する静岡市クリエーター支援センター(旧青葉小学校)しかないのですから。

 

 

 久しぶりに観た『朝鮮通信使』。修正したいところがいくつもあって、何度も自己嫌悪に陥りました。映画を作っている人って、納品し自分の手を離れてしまってから直したいところに気づいて、地団駄を踏むことってあるのかなぁ。どうなんだろ。完璧!満点の出来!って清々した気分で送り出せるものなんだろうか…。

 

 それでも、エンドロールの膨大な名前を眺めているうちに、こんなに大勢の人を巻き込んだ難しくて手間のかかる作品を、よく4ヶ月で創ったなぁと他人事みたいに感心してしまいました(笑)。

 

 

2009031413290000  金先生からは「おまえさんがブログで“大きなホールの大画面で見られる機会はめったにない”と書くから期待して来たのに、ウソじゃないか」と小言を言われてしまいました。…肩透かしをくったのは私も同じです~と苦笑いしつつ、金先生と平尾さん、制作関係者が2人も駆けつけてきてくれたことが無性に嬉しかった。この作品のことを、今でもこうやって大切に思ってくれる同志が、ちゃんといたんだと。

 

 展覧会企画者でもある福士雅也さん(県美学芸員)が、挨拶時に、私の名前を出して上映会開催の経緯を紹介してくださったので、金先生から「プロデューサーでもない、制作スタッフの一人にすぎない脚本家がとんだ越権行為をしたもんだ」と冷やかされました。…確かに製作元やプロデューサー氏にしてみればオモシロくない話かもしれませんが、金先生も平尾さんも、「最後は一人のマンパワーがモノをいうんだよ」と慰労してくれました。

 

 

 上映会には結局150名を超える人が集まってくれました。サクラは、我々3人を除けば一人もなし、純粋な美術ファン・歴史ファンだけでこれだけの人に観ていただけたのは、感謝感激です。立役者の県美学芸員のみなさま、本当にありがとうございました。


朝鮮通信使上映会のお知らせ

2009-03-13 09:16:45 | 朝鮮通信使

 静岡県立美術館で現在開催中の『朝鮮王朝の絵画と日本』展、みなさんはもうご覧になりましたか?

 

 教科書に出てくるような有名な芸術家や画家の展覧会とは違い、また、ヨーロッパアートに比べると地味な水墨画が中心の企画展ですが、予想以上にお客さんが入っているようです。公開ワークショップに参加した3月1日も、展覧会場には親子連れや若いカップルなど、私が想定していなかった?ギャラリーが大勢いて、驚きました。学芸員の福士さんも「おかげさまで週末は予想以上の入り」と喜んでいました。

 

Photo

 再三ブログでご紹介のとおり、静岡市の呉服町生まれの山本起也監督(「ツヒノスミカ」で2008年スペイン国際ドキュメンタリー映画祭最優秀監督賞受賞)がメガホンをとり、名優林隆三さんが朗読・主演し、わが「吟醸王国しずおか」の名カメラマン成岡正之さんが撮影し、不肖鈴木真弓が脚本を担当した映像作品『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』。山本監督の凱旋上映会(08年6月)以来の公式上映会が、明日(14日)13時30分から、静岡県立美術館講堂にて開催されます。(入場無料、先着250名)

 

 また、この作品で取り上げた絵画―英一蝶の「朝鮮通信使小童図」(大阪歴史博物館辛基秀コレクション)、二代鳥居清信の「馬上才之図」(高麗美術館)、葛飾北斎「富嶽百景」などが、3月17日から29日まで展示されます。

 上映会と同日に観られないのが残念ですが、朝鮮通信使研究の世界では必見の名品ですから、未見の方はぜひ足をお運びくださいまし!

 

 

 映像作品『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録」についてはこちら

 静岡県立美術館『朝鮮王朝の絵画と日本』展についてはこちらを。


平成21年静岡県清酒鑑評会

2009-03-12 15:19:05 | 吟醸王国しずおか

 昨日(11日)は午後、「喜久醉」の青島酒造で、静岡県清酒鑑評会に出品する酒をきき酒する蔵元杜氏青島孝さんの様子を撮影しました。出品用の酒は、11日朝には提出したので、Dsc_0010 撮影したのは、厳密にいえば出品酒選びではなく、選んだ後に再度確認をしていたシーンです。さすがに出品酒選びのナマ現場にカメラを向けるのは遠慮しました。ちょっとした温度差や匂いなども影響する重要な作業だということは、再確認シーンでもピリピリ伝わってきましたから…。

 

 青島酒造は、大吟醸・純米大吟醸ともタンク2本ずつ仕込みます。各タンクとも2回に分けて搾るので、大吟醸はAタンクの前半・後半、Bタンクの前半・後半と計4種の中から選びます。純米大吟醸も同様です。

 

 まず大吟醸の4種をA前→A後→B前→B後の順にひととおりきき酒し、B後→B前と逆戻りします。一往復してコレという酒が同じでなればよし、迷う場合はもう一巡します。青島さんは結局3巡して、B前の酒を選びました。実際はすでに選び終わっているのに、あまりの真剣な様子に息を飲むほどでした。

 

 大吟醸が選び終わった後、水で口をゆすぐのかと思ったら、鼻息を深く吐いただけで、そのまま純米大吟醸のきき酒に移ります。後で水をとらない理由を訊いたところ、「水の味が舌に残るのが嫌だから」とのこと。ふだんフツウに飲んでいて、仕込みにも使っている水なのに、きき酒の妨げになるなんてビックリ!

 

Dsc_0007

 「仕込みに入り、集中する日々が続くと、日に日に神経が鋭くなって、ささいな匂いや音がものすごいボリュームに感じてしまう。よく言えば五感が研ぎ澄まされるというのかな」と青島さん。なにも出品酒選びをするからピリピリしているわけではなく、吟醸造りが佳境に入ると、いつもそんな状態になるそうです。

 

 ちなみに、青島さんの片腕の一人、蔵人の原田雅之さんは、昨年6月に開かれた日本醸造協会実践きき酒セミナーで、<全部門満点正解>を成し遂げました。全問正解者は醸造協会セミナーが始まって以来3人目、約30年ぶりの快挙だそうです。

 

 このセミナーでのきき酒能力テストでは、アルコール度数の順位、酸味の識別など、素人のきき酒大会とは比較にならないトップレベルの審査。原田さんは「青島専務や(もう一人の蔵人)片山さんの話についていけるよう、喜久醉を毎日きき酒して鍛えた」と謙虚に語ります。本来ならば喜久醉以外の酒もいろいろきき酒してみたいところでしょうが、青島さんは「うちの酒だけ見ていればいい」と厳命?していたそうで、原田さんのこの快挙に「自分の方針が間違っていなかった」と青島さん自身ホッとしたそうです。…いずれにしても、すごい話です。

 

 青島さんは日本酒業界最大の品質コンテストである全国新酒鑑評会にも、東海4県対象の名古屋国税局清酒鑑評会にも出品していません。昨年は静岡県清酒鑑評会にすら出品を躊躇していたぐらいで、鑑評会は決して<目標>ではなく、品質の方向性を確認する<手段>の一つにすぎないという持論を持っています。

 

 吟醸造りがこれだけ普及発達し、多様化する時代、出品する側も審査する側も、多様な基準があって当然で、何が何でも鑑評会に出品して賞を取ることだけが酒造技術の向上や研さんではないと考える青島さんのような蔵元も増えつつあります。

 

 さまざまな思いが交錯する鑑評会ですが、昨年、ギリギリまで出品を躊躇しつつも、前夜になって腹をきめ、出品した酒が、静岡県知事賞(首位賞)、しかも吟醸の部も純米の部も満点のパーフェクト1位に選ばれた青島さん。さぁ、今年はどうするんだ?と興味がわき、出品酒選びのシーンから撮らせてもらうことにしたわけです。

 

 「もしV2達成したらどうする!?」なんて冷やかすと、彼は「去年は全般的に融けにくい難しい米だったから、みんな苦労したと思う。自分は夏場も田んぼに入って米の短所に早く気づいていたから対応できただけ。今年は米が若干融けやすいみたいだから、去年ほど差は出ないと思うよ」とクールに応えます。

 

Dsc_0006  出品酒を試飲させてもらいましたが、大吟醸のほうは鑑評会向きというよりは、喜久醉らしいやわらかな丸みのある、ホッとする酒でした。鑑評会の評価というのは、あくまでも他の酒との相対評価だから、こうやって喜久醉らしさがちゃんと伝わる出来であれば、これで十分じゃないかと思いました。

 

 出品酒だけを専用タンクで造る余裕のある蔵は別ですが、青島酒造のように出品酒と市販酒を区別せずに造る蔵では、今がゴールではなく、搾ってから出荷するまでの「育て方」が大事。青島さんも「今はまだ中間折り返し地点。これからが本当の勝負」と強調していました。

 

 

 

 そして今日(12日)、静岡県清酒鑑評会審査会。昨年同様、県沼津工業技術支援センターに朝一で駆けつけて、10時からの審査会をじっくり撮影しました。

 今年の出品点数は、吟醸の部が24蔵44点、純米の部が25蔵48点(Dsc_00251蔵あたり2点まで出品できます)。

 

 去年の蔵元代表審査員は『吟醸王国しずおか』パイロット版の冒頭で紹介したとおり、小夜衣の森本均さんと杉錦の杉井均乃介さんでしたが、今年は杉井さんに代わって英君の望月裕祐さんと森本さん。朝9時にセンターのロビーで独り緊張した顔で待つ望月さんを見つけ、冷やかしてやりました(笑)。

 

Dsc_0027

 去年に比べ、取材メディアがなぜか今年は多く、静岡新聞の若い女性記者に挨拶された望月さんは、「香水つけてきてるよ~まいったなぁ、審査会場に入ってもらいたくないよぉ」とピリピリしてました。

 

 吟醸の部の審査が終わった後、感想を聞いてみたら、「みんないい出来。僅差だと思う」と望月さん。

 撮影を終えて家に戻り、このブログを書き始めたところで、審査結果がファックスで送られてきました。

 

 吟醸の部の県知事賞は開運。以下会長賞は、國香、磯自慢、正雪、杉錦、喜久醉、英君、萩錦、葵天下、出世城、白糸、萩の蔵、満寿一、花の舞、若竹、高砂の順でした。

 

 純米の部の県知事賞は杉錦。以下会長賞は開運、國香、正雪、富士錦、花の舞、喜久醉、磯自慢、萩錦、千寿、高砂、白糸、出世城、満寿一、若竹、志太泉、葵天下の順でした。

 

 さすがは開運、鑑評会ではつねに安定的な力を発揮します。杉井さんは昨年の審査員経験が実を結んだのかも! 小さな蔵元杜氏の酒が高評価を得るのは小気味よいですね。

 青島さんは残念だったけど、青島さんの出品酒は実に喜久醉らしい酒でした。喜久醉ファンは安心してくださいね。


卒論「静岡の酒」

2009-03-10 11:36:54 | 吟醸王国しずおか

 このところ、大学生と接する機会が多かったせいか、自分の学生時代のことをよく思い出します。卒論のテーマは中央アジア・クチャのキジル石窟寺院の壁画様式。シルクロードの仏教壁画といえば、東は敦煌、西はガンダーラが有名ですね。その間にあるキジルは知名度的にはイマイチですが、仏教東漸の要所として研究家の間で注目されていました。

 

 専門家の学会論文(英語かドイツ語)しか資料がなく、実際に現地に行く資金的余裕もなく、学生が論文で取り上げるにはハードルが高く、論文の内容は研究家の議論の一端をかじり書きした程度のものでしたが、今思えば、「書く」という作業において20代初めに高い頂を目指したという経験は、その後の自分を形成してくれたのではないかと思います。

 

 

 先日、静岡大学の学生から、卒業論文が届きました。テーマは静岡の酒。最初に相談を受けたとき、てっきり農学部の醗酵工学か米の育成に関連した専攻をしている子かと思ったら、文化人類学ゼミだという。純粋に酒が好きで、バイト先の居酒屋でも慣れ親しんでいると聞いて嬉しくなり、JR静岡駅南口の『湧登』に招いて呑みながら食べながら、いろんな話をしました。ちょうど去年の夏ごろでした。

 

 本人は酒蔵へは何ヶ所か取材に行ったそうですが、静岡の酒が消費現場でどんな評価を受けているのか、川下の実情も知っておいたほうがプラスになると思い、篠田酒店ドリームプラザ店の萩原和子さんも呼んで、あれこれレクチャーしてもらいました。20代の彼と、40代の私と、70代の萩原さんでは、ヘタしたら3世代家族に見えたかもしれませんが(苦笑)、初めて会った者同士が、世代を超え、立場を超え、共通の話題で呑みあかせるなんて、なんて素敵な体験だろうと思いました。

 

 彼はその後、『吟醸王国しずおか』パイロット版試写会にも来てくれたほか、酒蔵は14か所取材したようです。実際に卒論に書かれた内容は、取材先での蔵元のコメントと、ネット上に公開されている日本酒の一般情報や、『地酒をもう一杯』、雑誌『sizo:ka7号酒蔵特集』などの記事をつないで構成したもので、こちら側が特段、目を惹くものではありませんでしたが、短期間で書いたにしては非常によくまとまっていました。

 

 少なくとも、酒造組合のホームページを作っている業者や、酒販店主や、きき酒師や、カルチャースクールの講師といった、“地酒伝道活動”をしている人たちで、これだけしっかりした論文が書ける人と、今まで会ったことはありません。・・・な~んて、業界批判めいたことを書くと何か言われそうですが(苦笑)、ようは、他者を説得させる文章なり論文を書くという能力は、やはり商売の片手間で身に着くものではなく、相応の訓練が必要なんだということ。

 

 地酒伝道活動をしているみなさんの多くはブログなども書かれているようですが、中には、写真にキャプションをつけただけとか、聞いた話をただ右から左へ流したり、裏付けのない情報を感覚的な言葉だけで無造作に流す人もいるようです。お忙しいでしょうけど、酒の伝道師が酒に関する情報を発信する以上は、言葉に責任を持ってもらいたいし、たまには時間をかけてひとつのことを調べ、「自分の言葉で書く」ということを意識してほしいと思います。

 

 文章を書く能力は決して特殊能力ではなく、訓練です。22歳の大学生が、地酒伝道のプロたちに負けない論文を1年足らずで書き上げられたのも、4年間の“訓練”の賜物だと思うし、ライター歴23年の私がこういう長文ブログを日々書くのも、まぎれもない訓練の一環です。訓練は、決して無駄骨にはなりませんから!。

 

 

 彼は論文の結論として、“静岡の酒は、静岡酵母によってひとつのスタンダードを創り上げたが、静岡型イコール静岡の酒ではなく、静岡が目指している形そのものが、全国的に「静岡型」と呼ばれ、他県の酒の特徴にも「静岡型」と明記されるほどになってもらいたい”と述べています。

 これは自分も『吟醸王国しずおか』で描きたいと思っていること、すなわち静岡吟醸イコール単に静岡酵母を使った酒ではなく、吟醸造りで培った高品質の酒造りそのものを指す、というメッセージに通じるものでした。そんな結論を彼に導き与えた蔵元の言葉を、彼の論文の中から拾い上げておきます。どこの蔵元の言葉か、地酒伝道師ならおわかりですよね!

 

「(静岡県は)まぐろ、さば、いわし、あじ、太刀魚など駿河湾の恵みを受けている。静岡型は淡麗辛口だけど魚に合わすにはそれじゃ物足りない。味わいがないとダメ。魚の味を洗ってくれるもの。うちの酒は酸度が少ないけれど味わいを持った酒。「飲むと〇〇〇だとわかる」というお客さんが多い」

 

「静岡型の酒は飽きずに飲める。だが従来の静岡の酒はインパクト不足。いろいろなお酒を飲んだ後に記憶に残らないため、リピーターを作ることが出来ない。静岡酵母が出来たのはもう20年以上も前。いつまでも高評価は得られない。何が良いとか悪いとかじゃなくて、静岡酵母が良い時もあった。変化を恐れてはいけない」

 

「人が造るものだから、いくら良い米、良い酵母、良い水を持ってきても、必ず良い酒が出来るとは限らない。なぜかというと、そこに人が介在しているから」

 

「安い酒こそ丁寧に造れという言葉を実践している。吟醸酒は高い金をもらうわけだから美味しい酒を造るのが当たり前でなければならない。それに比べ安い酒は飲む機会が多いからこそひと手間ふた手間かけて値段以上のものを造って飲む人に喜んでもらいたい」

 ・・・吟醸王国とまでいわれる静岡県において、どれだけ安くておいしい酒を造れるかを追求する姿勢は意外だと感じた。吟醸酒の割合が高いからといって、吟醸酒が最も素晴らしく良い酒であるとは考えてはいないのだ(筆者)。

 

「米とか酵母とか、数値化できるもので酒を選ぶのは見解が狭い。蔵元の人たちは酒を子どものように見ている。どこ出身でどの学校に行ったかは重要ではなく、誰にどんなしつけを受けて育ったかが大事だと思う」(鈴木真弓)。


『ベンジャミン・バトン』を観て

2009-03-09 23:23:43 | 映画

 今日(9日)は朝一で歯医者。歯肉炎の治療中に右上奥の虫歯の詰め物が2回も取れてしまい、その真下の奥歯がかみ合わせの悪さからか、一部が欠けてしまい、治療が長引いています。虫歯の詰め物が外れてしまったのは、歯の土台である歯茎が歯肉炎の影響で軟弱になっていて、歯そのものがずれるからだそうです。

 

 歯ブラシに加え、歯間ブラシや糸ようじなどを使うようになって、たぶん生まれてこのかた、こんなに鏡をのぞく経験はないってぐらい、こまめに鏡をよく見るようになり、愕然としています。…今更ながらですが、いつの間にか増えてるんですねぇ、頬のシミ。洗顔料、化粧水、美容液、日焼け止めなどの基礎化粧品はわりときちんと使っているほうだと思っていたのに、45歳を過ぎてから急に目立ち始めました。

 

 肩こりや目の疲れやお腹の出っ張り・・・加齢を意識せずにはいられない現象は、身体のあちこちにとっくに出ているのに、顔という、鏡にもろに映る隠しようのない部位に出ると、ほんとショック。歯にこんなに急激にガタが来始めたのも、ショックです。

 

 

 先週末、映画『ベンジャミン・バトン~数奇な人生』を観ました。以下は、ネタバレの部分もありますので、これから観る予定の人は読まないでください。

 80歳の容姿で生まれて、歳を取るにつれて若返り、最期は0歳の容姿で死ぬ主人公は、童顔のブラッド・ピットの適役でした。もともと年齢より大人びて見えるケイト・ブランシェットも、相手役にピッタリ。加齢&削齢(こんな熟語あるのかな?)メイクもパーフェクト。この映画の成功は、まず登場人物の「見た目」にまったく違和感を感じさせない映像技術の高さにあると思いました。技術的にこれだけハイレベルのモノを観てしまうと、テレビドラマのいかにも…の老けメイクや、老人期には別の役者を使う安直さが辛くなってしまいますよね。いずれはこの作品のメーキャップ技術が一般のドラマや映像作品の制作現場にも普及するんでしょう。

 

 作品の価値は、もちろん「見た目」だけではありません。脚本が『フォレスト・ガンプ~一期一会』と同じライターの手によるようで、なるほど、似たような寓話的テイスト。“障害者”である主人公を深い愛情で受けとめる母親、主人公の純粋さを純粋に理解する恋人や仕事仲間など、主人公の周りには“いいひと”がたくさんいるという構図もフォレスト・ガンプに似ています。主人公がいじめや差別に合う話を入れていたら、別のテイストになってしまうでしょう。

 

 

 ありえない人物設定と、清濁併せ持つリアルな人間が出てこないストーリーで、170分近い長尺ながら、観終わった後は清々しい気持ちになりました。ありえないお話なのに、共感できるシーンがとても多かったからです。

 

 

 たとえば自分は年齢相応に老けていくのに、恋人はどんどん若返って輝くばかりの青年になる…そんなシチュエーションに置かれた女性の心情は、年下の男性を好きになった経験があれば痛いほど伝わるし、しかも見た目の年齢差はどんどん広がるわけだから、救いようがありません。そんな救いようのない相手でも最後はまさに慈愛の塊になったかのように受けとめる。

 以前、父が入院した時、看病する母とダダをこねる父をみて、夫婦というよりも母子に見えたものでしたが、逆は絶対にないなぁ、やっぱり最後に男は女に母性を求めるんだ、などと感じたことを思い出しました。

 

 

 その一方で、見た目は50代のブラピ(実年齢は20代か)が情事を交わした人妻は、若いころ英仏海峡遠泳に挑戦し寸前で断念した経験があるという。30年後、見た目は20代になった(実年齢50代)のプラピが、レストランのテレビで英仏海峡遠泳に史上最高齢で成功した女性(その人妻)のニュースを偶然見かける。「いくつになっても夢をあきらめない」と語った画面の中の彼女に、彼が笑みを送ったとき、ホロッときました。

 

 主人公が育ったのが、孤児院ではなく老人ホームだったというのも、主人公がキワモノにならずに済んだ一因だと思いました。ホームで暮らす人々は、見方によっては「見た目は老人、中身は子ども」の主人公と何ら変わらない。主人公がどんどん若くなっても、入居者は順に亡くなっていくから、主人公の“障害”に気づく人も指摘する人もいない。彼にとっては居心地のよい我が家だったと思います。そういうホームって現実にありそうだし、自分の父を見ていたら幼児化する老人も確かにいると思う。…この作品の舞台は、限りなくリアルなんですね。

 

 ありえないストーリーであっても、老いること、身近な死を受けとめることなど、人が避けて通れない普遍的なテーマが、俳優たちの穏やかな表現でつづられているので、しみじみ味わって受けとめることができました。監督はプラピとのコンビで『セブン』や『ファイトクラブ』を撮った人なのに、こういう作品を作るようになったとは、監督・役者は、やっぱり年齢相応の人になったのかな(笑)。

 

 

 ほんのり気分で映画館を出た後、書店に寄って、『マリソル』という女性ファッション誌を手にしました。ファッション誌の類はとんと読まないのですが、マリソルの副編集長と先日、藤枝の酒プレスツアーでお会いし、杉錦のみりんを気に入ってくださってその場でお買い上げもしていただいたのに、まったく知らない雑誌だったので(すみません)、こりゃいかんと思ったのです。

 目に留まったのは美容整形に関する記事。…映画の余韻がいっきに冷め、シミや歯痛にさいなまれる現実に引き戻されてしまいました(苦笑)。