9月2日 読売新聞編集手帳
横綱昇進が決まり、使者の到着を待つ。
力士ならば誰しも点に舞う私服の瞬間、その人は
「困るよ・・・断れないのか.」
そう語って頭を抱えていたという。
「昭和の名横綱」初代若乃花勝治さんである。
大関は負け越しても、関脇で相撲が取れる。
横綱には引退しかない。
短命横綱に終われば昇進や兄弟姉妹を養えなくなる・・・。
その場面に立ち会った相撲ジャーナリストの杉山邦博氏が
『土俵の真実』(文芸春秋)に書いている。
子供が戯れに噛み付いても、
つるりと滑って歯が立たないほど肌の張り切った腕。
土俵の砂を噛みすぎてカギ型に曲がった足の指。
”土俵の鬼”花田勝治さんが82歳で死去した。
子供の頃、童話の
♪お花をあげましょ桃の花・・・を
「若乃花」と替え歌にして歌った記憶がある。
軽量ながら真っ向勝負を挑み、勝つ姿に、
どれだけ多くの人が励まされたか。
たしかに昭和という時代がくれた花だった。
「貧乏が俺を横綱にしてくれた」と語った人は、
賭博に散財した後輩たちをどう見ていただろう。
偉大な後姿に、
「ありがとう」よりも先に
「ごめんなさい」
と言わねばならないのがつらい。