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月光の味

2010-09-21 23:20:52 | 編集手帳


  21日、読売新聞 編集手帳


  堀口大学は欧州に遊んだ頃、スペインの保養地マラガ産の白ブドウを好んで食べた。
  ある随筆に書いている。
  〈マラガの葡萄ぶどうはふりそそぐ月光を浴びて育つので、果肉に月の味がある〉。
  青い闇に、葡萄の房のシルエットが目に浮かぶ。

  訳詩集『月下の一群』や詩集『月光とピエロ』で知られる詩人は月を愛した。
  〈僕は身体が弱かったから、太陽よりも月にあこがれを持っていた〉
  と、関容子さんの聞き書き『日本の鶯うぐいす』(角川書店刊)で語っている。

  あすは旧暦の8月15日で「中秋」、
  明けて23日は満月である。
  月を愛めでるのに、いい季節がめぐってきた。

  普段は丈夫な人でも、記録ずくめの猛暑はこたえただろう。
  太陽よりも月にあこがれた詩人に共感する人が、今年ほど多い秋は過去にもあるまい。
  「消えた高齢者」だ、「多剤耐性菌」だ、「銀行破綻はたん」だ――と、
  うっとうしいニュースがつづいた。
  心ならずも日々の新聞紙面も、
  読者の体感温度を上げるお手伝いをしてしまったようである。

  マラガのブドウのようにはいかずとも、夜空を仰ぐとしよう。
  文章に一滴、「月光の味」が宿ることを念じつつ。
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