21日、読売新聞 編集手帳
堀口大学は欧州に遊んだ頃、スペインの保養地マラガ産の白ブドウを好んで食べた。
ある随筆に書いている。
〈マラガの葡萄ぶどうはふりそそぐ月光を浴びて育つので、果肉に月の味がある〉。
青い闇に、葡萄の房のシルエットが目に浮かぶ。
訳詩集『月下の一群』や詩集『月光とピエロ』で知られる詩人は月を愛した。
〈僕は身体が弱かったから、太陽よりも月にあこがれを持っていた〉
と、関容子さんの聞き書き『日本の鶯うぐいす』(角川書店刊)で語っている。
あすは旧暦の8月15日で「中秋」、
明けて23日は満月である。
月を愛めでるのに、いい季節がめぐってきた。
普段は丈夫な人でも、記録ずくめの猛暑はこたえただろう。
太陽よりも月にあこがれた詩人に共感する人が、今年ほど多い秋は過去にもあるまい。
「消えた高齢者」だ、「多剤耐性菌」だ、「銀行破綻はたん」だ――と、
うっとうしいニュースがつづいた。
心ならずも日々の新聞紙面も、
読者の体感温度を上げるお手伝いをしてしまったようである。
マラガのブドウのようにはいかずとも、夜空を仰ぐとしよう。
文章に一滴、「月光の味」が宿ることを念じつつ。