3月25日 読売新聞編集手帳
大正期の詩人、山村暮鳥に『桜』と題する詩がある。
〈さくらだといふ/春だといふ/一寸(ちょっと)、お待ち/
どこかに/泣いてる人もあらうに〉
詩人は伝道師として東北地方の町々を転任した経歴をもつ。
今回の巨大地震で被災した福島県の地名を織り込み、
雲に
〈ずつと磐城(いわき)平(だいら)の方までゆくんか〉
と呼びかけた詩(『雲』)も知られている。
サクラの詩は、
東北の人情と風物をこよなく愛した人が
今日のためにあらかじめ書き残した挽歌のようでもある。
人を悼む心が花にもあるのか、
今年はサクラの開花は遅めというが、
それでも四国や九州から、
ぽつりぽつりと花便りの届く季節を迎えた。
花に浮かれる心をたしなめて
「泣いてる人」を思いやった暮鳥の優しさにうなずきつつ、
だが――とも思う。
生き残った者の誰かしらが、
生かされてある者の誰かが世の中の歯車を動かしていかねばならない。
音は小さくとも、
季節の催事も“ガッタン”と刻む歯車の一つだろう。
この春、多くの人が愛(め)でるのは、
花ではなく、
酒でもご馳走でもなく、
生きてある身のありがたさに違いない。
宴の筵(むしろ)で、
そういう供養もある。