8月10日付 読売新聞編集手帳
貯金箱に5円玉を6個見つけた。
それが有り金のすべてであったという。
前田武彦さんは放送作家の駆け出し時代を自著で回想している。
NHKでテレビの本放送が始まった1953年(昭和28年)のことである。
結婚して間もない前田さんは、
その30円を携えて夫人と食事に出かけた。
あんパン1個と20個入りのキャラメルひと箱を買い、
半分ずつ分け合って食べたと、
『マエタケのテレビ半生記』(いそっぷ社)に書いている。
前田さんが82歳で亡くなった。
『夜のヒットスタジオ』や『笑点』の、
軽妙さのなかに大人の匂いが漂う名司会ぶりはことに忘れがたい。
生まれたばかりのテレビと青春を共にし、
地上波のアナログ放送が終了して“地デジ”新時代が到来したのを見届けたように去っていく。
「テレビの申し子」そのままの人であったろう。
食事の話にはつづきがある。キャラメルを噛(か)んだ前田さんの奥歯から金冠が取れた。
質屋に駆けつけると、
いい値で引き取ってくれた。
夫人の記した家計簿には〈収入=650円、(内訳)主人、歯〉とあるという。
金はないのに、
なぜだか楽しかった昔がある。