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テレビの申し子 前田武彦さん

2011-08-11 07:56:42 | 編集手帳



  8月10日付 読売新聞編集手帳


  貯金箱に5円玉を6個見つけた。
  それが有り金のすべてであったという。
  前田武彦さんは放送作家の駆け出し時代を自著で回想している。
  NHKでテレビの本放送が始まった1953年(昭和28年)のことである。

  結婚して間もない前田さんは、
  その30円を携えて夫人と食事に出かけた。
  あんパン1個と20個入りのキャラメルひと箱を買い、
  半分ずつ分け合って食べたと、
  『マエタケのテレビ半生記』(いそっぷ社)に書いている。

  前田さんが82歳で亡くなった。
  『夜のヒットスタジオ』や『笑点』の、
  軽妙さのなかに大人の匂いが漂う名司会ぶりはことに忘れがたい。

  生まれたばかりのテレビと青春を共にし、
  地上波のアナログ放送が終了して“地デジ”新時代が到来したのを見届けたように去っていく。
  「テレビの申し子」そのままの人であったろう。

  食事の話にはつづきがある。キャラメルを噛(か)んだ前田さんの奥歯から金冠が取れた。
  質屋に駆けつけると、
  いい値で引き取ってくれた。
  夫人の記した家計簿には〈収入=650円、(内訳)主人、歯〉とあるという。
  金はないのに、
  なぜだか楽しかった昔がある。
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