8月17日付 読売新聞編集手帳
将棋のタイトル戦前夜、
両対局者が立会人などを交えて会食したときという。
故・大山康晴十五世名人は料理を一人前たいらげてステーキを追加注文し、
それを食べながら「明日の朝は鰻(うなぎ)がいいね」と言って、
対局相手の内藤国雄九段をげんなりさせた。
内藤さんが本紙で回想している。
大山さんがのちに講演で明かしたところでは、
前夜の宴席には常にわざと腹をすかせて臨んだそうで、
旺盛な食欲も相手を圧倒する戦術であったらしい。
相手を呑(の)んでかかるか、
呑まれるか、
勝負とは何によらず厳しいものだと、
つくづく思う。
夏休みも終わり、
きょうから仕事という方も多かろう。
棋士ならぬ身にも、
記録破りの猛暑という手ごわい相手が待つお盆明けである。
夏バテから濁点をとれば「夏果て」で、
夏の終わりを指す季語になる。
夏バテが先か、
夏果てが先か、
ここしばらくが濁音と清音のせめぎ合う終盤の難所だろう。
大山流でステーキも、よし。
鰻、またよし。
…と、
ひとをけしかけておいて無責任だが、
〈炎天へ打つて出るべく茶漬飯(ちゃづけめし)〉(川崎展宏)の句に心はひかれる。
名人の足もとにも及ばない。