9月11日 編集手帳
たとえば読んでもいない本を、
友人の前で読んだふりをする。
仕方な く、
本当に読んで少し賢くなる。
詩人の杉山平一さんは『木の枝』という一編に書いている。
〈若いときは/背のびをすると/本当に高くなることがあります〉
「貧乏人が帝国ホテルで結婚式を挙げるような」と評したのは作家の獅子文六だが、
あの東京オリンピックもまた、
まだ貧しかった当時の日本人にとっては、
足がつるほどに爪先立って背伸びをした祭典であったろう.
開会式で最終聖火ランナーを務めた坂井義則さんが69歳で亡くなった。
訃報に、
あの日の青空を思 い浮かべた方も多かろう。
原爆投下の日に広島で生まれた19歳の青年を、
海外のメディアは〈原爆キッド〉と呼んだ。
坂井さんの右手は聖火台のみならず日本人ひとりひとりの胸に、
「ようやくここまで」という感慨の火をともしたはずである。
東京オリンピックという“背伸び”があったから、
やがて日本の背丈は本当に高くなり、
世界の経済にとっても平和にとっても欠かせない国になれたのだろう。
目を閉じると、
聖火台の横にトーチを掲げてその人が立っている。