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昭和という時代にはその人の歌詞が寄り添っていた

2015-06-28 17:01:06 | 編集手帳

6月25日 編集手帳

 

人が亡くなって鼻歌をうたうのは不謹慎だろう。
分かっていても次から次に歌が浮かんでくる。
作詞家の横井弘さんが88歳で亡くなった。

脳裏をよぎるメロディーは人それぞれだろう。
♪ 山には山の愁いあり/海には海の悲しみや…(『あざみの歌』)。
♪ 堪えきれずに見返れば/すがるせつない瞳のような/星がとぶとぶ哀愁列車…(『哀愁列車』)。
♪ 下町の空にかがやく太陽は /よろこびと悲しみうつすガラス窓…(『下町の太陽』)。
故郷を離れる青年の心を知り、
下町に生まれた娘心を知り、
守備範囲の広い人である。

変わったところでは漫才の獅子てんや・瀬戸わんやご両人の『ぴよこちゃん』の補作もしている。
横井さんと対談した立川談志さんの感想が楽しい。
〈「ピッピッピーヨコ ちゃん、あひるじゃガアガ」って、
 あれはひでえ。
 ひでえっていっちゃ失礼だ。
 “ものすごいや”というべきですかね〉と、
大和書房『談志絶唱 昭和の歌謡 曲』にある。

わが唇の記憶力に驚きつつ、
昭和という時代のそばにはいつも、
その人の歌詞が寄り添っていたことを知る。
今夜は飲まずにいられない。

 

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