1月19日 読売新聞「編集手帳」
作家のたくましい想像力は時に精緻(せいち)な予言を紡ぐことがある。
地殻変動で日本列島が海底に沈む。
小松左京さんのSF小説『日本沈没』(1973年)には予兆的な場面が随所に登場する。
<高架道路の橋脚はもろくも傾き…
何百台もの自動車を、
砂をこぼすように地上にぶちまけた>。
発表当時、
専門家からあり得ないと非難された風景は、
22年後、
悲しいかな現実となる。
「阪神大震災の日 わが覚書」(河出文庫『大震災’95』所収)に、
映像を目にした際のショックが綴(つづ)られている。
<視界が暗くなり、
数秒間色覚がぬけた>
<眼球を動かすのさえ重い感じ>であったが、
無理にチェックする。
思ったより下に落ちた車は少ない――。
物語の地震は夕方の5時過ぎ、
東京で起きた。
百戦錬磨の作家をも打ちのめすのが実際の災害の凄(すさ)まじさである。
最悪を思い描くのはしんどくてつらい。
けれど折に触れ考え、
備える。
それがこの国で暮らすのに欠かせぬ心構えなのだろう。
ベストセラーになった小説に政治家も関心を寄せた。
「いっぺんゆっくり話したい」。
時の首相、
田中角栄氏も、その一人だったという。