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街の「夢の宝石箱」

2020-02-23 07:00:01 | 編集手帳

2月1日 読売新聞「編集手帳」


 私の愛した百貨店は<夢の宝石箱>だった――。
高殿円さんの小説『上流階級』(光文社)は主人公の回想から始まる。
開店した直後の百貨店、
店員が深々と頭(こうべ)を垂れる中、
7歳の私は胸を張って歩く。
まるで<お嬢様になったような気分>で。
その例えに記憶を重ねる方も少なくなかろう。
よそ行きの服、
屋上の遊園地、
目移りした食堂のメニュー。
かつてハレの日を演出した百貨店が、
地方で苦境に立たされている。

山形では先週、
県内最後の一店が閉店したという。
街の真ん中に立つ創業320年の老舗だった。
「商業高の女子生徒たちが改善策を社長に手渡した」
「買い支えること。
 声を詰まらせ、
 市長は訴えた」。
地域版を遡ると、
様々な応援の跡が見て取れる。
「宿命なのかも」。
閉店を告げる貼り紙に、
なじみ客は絞り出していたそうだ。

ここにおいても都市と地方との格差が際立つ。
訪日客の勢いも借り、
都会の店が売り上げを維持する一方で、
昨年は青森や甲府といった県庁所在地でも閉店が相次いだ。

容易に抗(あらが)えない大波であるとは思う。
けれど寂しくはないか。
宝石箱の一つもない街というものは。

 

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