ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

オーヴァーシーズ (Overseas)

2007年05月05日 | 名盤

 
 トミー・フラナガン(1930~2001)は、1945年に15歳でプロのピアニストとなって以来、ソニー・ロリンズの『サキソフォーン・コロッサス』や、ジョン・コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』を始めとする超一級アーティストたちのバックを務めました。最高のバイ・プレーヤーと言われたトミーは、モダン・ジャズの黄金期に数多くのジャズの名盤に参加、その活躍は「名演の陰にトミーあり」とか「最優秀助演ピアニスト」、または「名盤請負人」などと呼ばれて高く評価されています。
 そのトミーが1957年に発表したのが、ピアノ・トリオの名盤として名高い『オーヴァーシーズ』です。


     


 トミーがJ・J・ジョンソン(trombone)のバンドに在籍していた1957年8月、バンドはスカンジナヴィア・ツアーを行いました。
 その際スウェーデンのストックホルムにおいて録音されたのが、この『オーヴァーシーズ』です。
 メンバーは、バンド・リーダーのジョンソンを除いたトリオであることから、ジョンソンに内緒でのレコーディングである、との説もあるようです。
 しかし、いくらなんでもそんなすぐにバレそうなことをするとは思えませんし、J・J・ジョンソンは当時所属していたレコード会社以外でのレコーディングはできない契約だったそうですから、「隠密裏に事を運んだ」というわけではなさそうです。
 

 トミーのピアノは、派手ではありませんが、よく「いぶし銀」だとか、あるいは「小粋」などと形容されます。
 また、1960年代以降は、トニー・ベネットやエラ・フィッツジェラルドなどの一流シンガーの伴奏を長く務めました。
 トミーはいわゆる「歌心」についても熟知していたのではないでしょうか。
 タイム感覚が絶妙でリズミカルなトミーのピアノは、実によくスウィングするうえに、どこかゆとりさえも感じられます。
 

 名サイドマンとしてとても評価の高いトミーですが、その持ち味のせいで「地味」とか「脇役」というイメージがついて回ります。でも、このアルバムでは堂々たる「リーダー」だと思います。
 おそらく、ピアノに向かったときに「自分は脇役が似合っているから」と考えて弾くピアニストなんていないんじゃないかな。
 トミーも、ただただ自分なりのピアノ、自分にしか弾けないピアノを弾いただけなのだと思います。
 トミーに対する「脇役」「陰の実力者」「縁の下の力持ち」なんていうイメージは、結局周りが勝手に作り上げた幻影なのかもしれません。
 
 
 『オーヴァーシーズ』を聴いてまず思うのが、音楽にさらなる活気を与えているエルヴィン・ジョーンズのブラッシュ・ワークの凄さです。
 トミーのプレイも熱いですが、その熱さはエルヴィンのドラミングに触発されている部分もあるのではないでしょうか。「ビーツ・アップ」や「ヴェルダンディ」などアップ・テンポの曲では、エルヴィンの水を得た魚のような生き生きとしたプレイが印象に残ります。
 エルヴィンのドラムには「起承転結」の流れがあり、それが曲にメリハリをつけている感じです。抑えるところでは抑え、盛り上げるべところではしっかり盛り上げています。ブラッシュだけでこれだけのプレイをやってのけるエルヴィンの力量も素晴らしいですね。
 トミーとエルヴィンは、どちらもデトロイト出身。10代の頃から共演していたそうです。だからこそトミーも気負った感がなく、このアルバムでものびのびとピアノを弾いているんだと思います。
 
 
     
     スウェーデンのレーベル「メトロノーム」からEP3枚セットでリリースされた『Overseas』
 
 
 トミーのピアノはオーソドックスでブルージー、「まさにジャズ」といった歌心に満たされていて、とても聴きやすいです。緊張感がありながら、どこかアット・ホームな雰囲気があるのです。
 1曲目の「リラクシン・アット・カマリロ」から快調に飛ばすトミー。そのプレイは、サイドマンとして演奏している時とは違い、明らかに堂々と主張しています。「エクリプソ」では、まるで会話しているかのようなピアノが魅力的。しっとり軽やかなミディアム・スローの「デラーナ」はとっても洒落たナンバーです。
 全9曲(ボーナス・トラック除く)中、トミーのオリジナルは6曲。どの曲も明快で、メロディアスなテーマを持っています。
 また、目立ちませんが、ウィルバー・リトルの端正なプレイにも好感が持てます。ホットにプレイする二人をちょっと離れたところからニコニコと眺めながら弾いているような感じがします。6曲目の「リトル・ロック」は彼の姓を冠したナンバーらしく、ベース・ソロから始まります。途中から前面に出て再びベース・ソロを披露しています。


 トミーは、1970年代後半以降になるとコンスタントにリーダー作を発表するようになります。しかし流行に合わせることなく、自分のスタイルを守り続け、高い評価を得ました。いぶし銀の輝きでジャズの歴史にその名を刻みつけた名ピアニストだと言えるでしょう。



◆オーヴァーシーズ/Overseas
  ■演奏
    トミー・フラナガン・トリオ
  ■発表
    1957年
  ■録音
    1957年8月15日 (ストックホルム)
  ■プロデュース
    ボブ・ウェインストック/Bob Weinstock
  ■収録曲
    1 リラクシン・アット・カマリロ/Relaxin' at Camarillo (Charlie Parker)
    2 チェルシー・ブリッジ/Chelsea Bridge (Billy Strayhorn)
    3 エクリプソ/Eclypso (Tommy Flanagan)
    4 ビーツ・アップ/Beat's Up (Tommy Flanagan)
    5 スコール・ブラザーズ/Skål Brothers (Tommy Flanagan)
    6 リトル・ロック/Little Rock (Tommy Flanagan)
    7 ヴェルダンディ/Verdandi (Tommy Flanagan)
    8 デラーナ/Delarna (Tommy Flanagan)
    9 柳よ泣いておくれ/Willow Weep for Me (Ann Ronell)
   10 デラーナ [take2]  ※CD Bonus Track
   11 ヴェルダンディ [take2]  ※CD Bonus Track
   12 柳よ泣いておくれ [take1]  ※CD Bonus Track
  ■録音メンバー
    トミー・フラナガン/Tommy Flanagan (piano)
    ウィルバー・リトル/Wilbur Little (bass)
    エルヴィン・ジョーンズ/Elvin Jones (drums)
  
    
 

コメント
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