ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

出発(たびだち)の歌 ー失われた時を求めてー

2007年05月21日 | 名曲


  「出発の歌」は1971年10月に行われた「合歓ポピュラー・ソング・フェスティヴァル」に参加しました。
 エントリーされた全34曲の中から、赤い鳥「窓にあかりがともる時」、沢田研二「君をのせて」、トワ・エ・モア「友達ならば」などを抑えて、グランプリに選ばれました。
 次いで出場した同年11月の第2回世界歌謡祭でもグランプリに輝き、12月にレコードをリリース、翌72年にかけて大ヒットしました。
 「ポピュラー・ソング・コンテスト」(通称ポプコン)もあってとてもややこしいのですが、この大会はポプコンとはまた別のフェスティヴァルで、歌手やプレイヤー中心だった当時の音楽状況の中で、作曲家に作品を発表する機会を与え、日本のポピュラー音楽の質の向上と反映をはかるという目的で開催されたものです。

 
 ぼくがこの曲を知ったのは、高校の時です。先輩が組んでいたバンドに誘われたのですが、そのバンドはこの「出発の歌」をレパートリーにしていました。「出発の歌」が世に出てからずーっとあとのことで、ぼくはバンドの練習の時に初めてこの曲を聴いたわけです。その時は「まあまあいい曲だなあ」と思っただけで、原曲は聴かずじまいでした。
 初めてオリジナルを聴いたのは数年前です。レンタル・ショップで借りた「青春歌年鑑'72」というオムニバス・アルバムの中に入っていたのです。「まあまあいい曲」どころか、なんてカッコいい曲なんでしょうか。
 

 


 アコースティック・ギターによるイントロに続き、ヴォーカルが抑えた感じで入ってきます。
 言葉をひとつひとつ丹念に拾ってゆくような、静かながらも芯が通ったような歌です。
 サビのメロディーからはスケールの大きさが伝わってきます。
 大らかなメロディーですね。よく伸びるふくよかな上條氏のバリトンが響きます。
 何度も繰り返されるエンディングのリフレインは、力強いコーラス、ストリングス、ホーン・セクションなどが入ってくるダイナミックなもの。いったんブレイクした後で、ドラムスのフィル・インによって再びリフレインが繰り返されます。そして盛り上がったまま、エンディングを迎えるのです。
 ダイナミックで、飛翔感のある名曲だと思います。
 これは、上條氏の男っぽくてスケールの大きな歌唱力と楽曲の素晴らしさとが相まって、世間に和製フォーク・ロックの魅力を認めさせた曲だといってもいいでしょう。
    
 
 上條氏は翌72年にはテレビドラマ「木枯らし紋次郎」の主題歌「だれかが風の中で」をもヒットさせ、その年の紅白歌合戦に出場しました。
 その後は俳優として舞台に、テレビに、映画にと活動の場を広げています。素晴らしい声量の持ち主で、ミュージカルをもこなしています。ドラマでは、「3年B組金八先生」での社会科教師・服部肇役がとても有名ですね。
 ぼくが印象に残っているのは、十朱幸代を慕う純朴な青年の役を演じた「男はつらいよ 寅次郎子守唄」です。これがまたハマり役だったんですよ。
 
 
  「六文銭」は上條氏のバック・バンドではなく、この曲のためにコラボレートしたようです。
 ちなみにリーダーの小室等氏は「フォーライフ・レコード」の初代社長を務めました。またメンバーの四角佳子嬢はのちに吉田拓郎と結婚しましたね。



六文銭


 「出発の歌」は、卒業や結婚式などでもよく取り上げられていたみたいです。卒業ソングを集めた「卒業物語」というオムニバス・アルバムにも収録されています。
 コーラス曲としてもよく歌われていたようですが、今はどうなんでしょう、あんまり歌われていないのかもしれません。
 今では「隠れた名曲」的存在になっているのでしょうか。もっともっと歌われて欲しい曲だと思います。
 
 

[歌 詞]
 
 
■出発(たびだち)の歌 -失われた時を求めて-
 ■シングル・リリース
   1971年11月
 ■作詞
   及川恒平
 ■作曲
   小室 等
 ■編曲
   木田高介
 ■歌
   上條恒彦+六文銭
   (六文銭=及川恒平、原茂、橋本良一、四角佳子)
 ■チャート最高位
   オリコン週間5位
 

「出発の歌」 上條恒彦・六文銭 
 



 

コメント (8)
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