今という時代、人が情報を得る方法は多様化しました。
スマホで検索のアプリを使えば、世界の誰かが発信した情報、コメント、ブログ、チャットなどを見て、読むことができます。
私の若い頃は、調べるには辞書や紙の百科事典や「現代用語の基礎知識」を活用しました。
私は英語科の教員ですが、中学・高校時代には、学研の「アンカー英和辞典」が手垢で黒くなるほど使い込んだことを覚えています。
スマホ等で、いとも簡単に情報を得ることができるようになった一方で、怒濤のごとく押し寄せる情報の波に足元をすくわれ、流されずに、客観的に正しい情報を見極め、自分の軸をぶれないように保っておくことが難しくなってきています。
そこで、頼りにするのは、やはり紙の新聞です。
新聞に載せている情報は、記者が恣意的に集めた情報が載っている場合もあるようには思いますが、いろいろな立場の人の考えや意見をあつめ、その最大公約数的な情報や事実を載せています。
こんな現状を踏まえたとき、中学生には情報を自分で判断して、どのように社会に働きかけるのかという観点で、発言したり、行動したりしてほしいと願います。
新型コロナウイルスの感染が始まって以来、新聞の読者投稿を読むと、困難な毎日が続く中でも、人としての喜びや楽しみを必死に探そうとする人びとの思いや願いに触れることができます。
元気づけられたり、微妙な心の揺れに共感することもあります。
そんなとき、困難ないまを生きている、生命の息吹に触れたように感じることもあります。
新聞は、やはり大切で、万人に必要な情報メディアだと思います。
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