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「暑熱順化」を憂慮する
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【新聞に喝!】 岡本隆司・早稲田大学教授
5月に入って、急に暑くなった。大型連休は真夏日になるところも出て、メディアも連日の報道で忙しい。そこでしばしば目にするのが「暑熱順化」という四字熟語。
専門用語っぽくて難しそうだが、大意はごく身近、暑さに「身体が慣れる/を馴(な)らす」ことである。熱中症の備えから後者の必要がある場合に用いているだろうか。気候温暖化の時代になって、専門用語が一般化したというパターンにちがいない。
そこで気になったのが「順化」という熟語である。どうにもしっくりこない。「順応」ならまだしも、と思って、辞書を引いてみたら、やはり別の表記を載せていた。「馴化(じゅんか)」であって、これならよくわかる。調べてみたら、「馴化」はacclimationの翻訳語であって、やはり生物学の専門用語のようである。だからヒト・「暑熱」に限らない。
それなら、なぜ「暑熱馴化」ではなく「暑熱順化」と書くのか、といえば、けだし理由は一つ、「馴」という文字が常用漢字表にないからなのだろう。それで「順応」など、類義語をもつ「順」の字を当てた。
この常用漢字は実に3年前、つとに言及した問題だった。見た目に醜く、意味も通らない「まぜ書き」を生み出す常用漢字の使い方に苦言を呈したつもりながら、まったく顧みられていない。
文字・ことばは思考・論理、ひいては人間関係・文化の根本をなす。やはり何度でもいわねばなるまい。
「順」と「馴」は異なる文字であり、字を間違ったら意味が通じない。小学生でもわかる理屈で、テスト問題ならペケ、減点である。そんな間違いを大の大人が組織的にやっているのであって、これでは子供に文字を教える資格はない。同じ事例としては、「遵法(じゅんぽう)」と「順法」があるだろうか。「義捐(ぎえん)」と「義援」もそうである。
子供の間違いなら正せばよい。こちらは故意の「誤字」なので、いっそう始末に悪い。お上の法令を杓子(しゃくし)定規に優先しがちな日本人の陋習(ろうしゅう)であろう。
別に常用漢字を無視せよといいたいわけではない。尊重したいなら「順化」と書かず、「慣れる/慣らす」といいかえればよい。「義援」は「援助」とすればよいだろう。ただ表現の幅が狭まることは避けられない。
かねて常用漢字はナンセンスだと信じている。それを正すにはメディアの理解が欠かせない。しかしやはり…憂慮は来たるべき夏の暑さばかりではなさそうである。
【プロフィル】岡本隆司
おかもと・たかし 昭和40年、京都市生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学)。専攻は東洋史・近代アジア史。著書に「『中国』の形成」など。
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松本市 久保田 康文
産経新聞令和6年5月19日号採録
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わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン
頂門の一針 6875号
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2024(令和6年)年 5月22日(水) より