久々に

2005-11-26 18:07:08 | Weblog
母が入院して二週間になります。
面会謝絶の張り紙がある部屋ですので長い時間看てはいられないのですが、
毎日、家族や姉妹が病院へ様子を見に行っています。
目覚めている状態でも右手足が動かせるだけ。
時折左まぶたを開けるとの事ですが、
私がいるときにはまだ一度も・・・

安心できる状態ではありませんが、小康状態と言っていいんでしょうか。

家族の生活ペースも母の見舞いモードが定着し、
それなりに落ち着きを取り戻しつつあります。

そんな訳で、朝一番にカメラを持って家の周りを・・・
もう冬の朝なんですね~
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母の手 Ⅱ

2005-11-17 20:51:15 | Weblog
4歳ぐらいの子供の中には、稀にお母さんのお腹の中の記憶がある子がいるとか。
私が子供のころの記憶で、一番古いのは何でしょう・・・

ハッキリと何歳ぐらいのことか判るのは、
4歳違いの妹が母のお腹にいたときのことですから、
私が4歳になる一ヶ月以上前のことになります。
そのころはまだ水道がありませんでした。
洗濯などの洗い物は道を挟んだ南側の井戸の水で行っていて、
その場所で、大きくなった母のお腹を触りながら
双子かどうか尋ねたことを覚えています。
しかし、その時に母がなんと答えたかは忘れてしまいました。
その後、妹が生まれる頃に、すぐ上の姉と父と三人で寝ていたことを覚えています。

昔は八幡様の春の祭典で小さな団子を供物として配る風習がありました。
何時しかお菓子に取って代わりましたが、今でも続いています。
団子は半紙でお捻りにして参拝者に配られました。
これを母に背負われて貰ったように憶えています。
この話をすると「そんな小さかった頃のことを覚えているか?」
と言われるのですが・・・

もう一つよく憶えていることで、風船のことがあります。
おそらく5~6歳だったように思うのですが、
家族でお祭りに行った帰りのことです。
どこの祭りか憶えていないのですが、越生の五大尊か天王様あたりでしょうか。
その当時、歩きで越生に行くには、今はゴルフ場となった山道を通っていくのが常でした。
青い風船を買ってもらい、風船についた糸をしっかりと握って山道から我が家の桑畑の近くに差しかかった時です。
風船の糸が桑の枝に引っかかり、糸が手をスルリと・・・
アッと思ったときには風船は何のためらいも見せずに大空へ。
どんどん小さくなる風船をなぜか泣きもせず見上げていたのでした。
泣き虫小僧だった(今でもそうですが)私がなぜベソをかかなかったのか今でも不思議です。
その時には、歩きつかれて母の背中にいたような気がするのですが定かではありません。

母が倒れてから5日が過ぎ、相変わらず意識が回復しません。
手を握ると握り返してくれますが、次第に手の力も弱くなってきました。
面会時間が制限されているので長い間手をとっている訳にも行きません。
後ろ髪を惹かれる思いで病室を後にするのですが、
手を離すとあの風船のように遠いところへところへ飛んでいってしまいそうで・・・

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母の手

2005-11-13 21:28:23 | Weblog
どこか記憶の片隅にある、母の手は農家の嫁の手でした。
手のひらは硬く厚かったように覚えています。
この夏に、目の手術をし、退院をしたとき手術した目には眼帯姿。
危うくつまづきそうになる母の手を思わず握り締めました。
その昔、子どもの私の手をとって「つまづかないように」
と歩いたのと逆の立場になりました。
その時の母の手は思いのほかに軟らかく暖かで、
「歳を取ったんだね」
と思わず涙ぐんだのです。

父が「お婆ちゃんが変だ!!」と呼ぶ声に居間に駆けつけると
目を閉じたまま座っている母の姿がありました。
朝食は普通に食べ、父がゲートボールに持っていくお茶の準備までしたばかりでした。
寝ているふうでもなく、ただ目を閉じ、呼びかけにもこたえません。
そのうちには口元から涎が垂れてきました。
糖尿の持病があるため、低血糖か?食事後だから違う?
念のため血糖値を測ると235。
脳梗塞の症状によく似ているので救急車を手配し、待つこと数分。
搬送先を決めるまでの間に私の兄弟に連絡を取り、とりあえず病院へ。

救急外来では即CTスキャン。
結果はやはり脳梗塞。
しかも太い血管が詰まったようで、かなり広範囲が白い影となって写っていました。
医師の説明では
「この状態から回復してもかなり高度な障害が残り、
寝たきりになる可能性が強い」
との事でした。

酸素マスクをして、チューブと心電図のコードをつながれた母は、
しきりに右手を動かしていました。
「疲れるからじっとしていなよ」
と言って手をとるとグッと握り返し、
まるで意識が戻ったかのようでした。
しかし、目を開けることは無く、ただ静かに息を続けるだけでした。

母の弟二人も見舞いに訪れ、声をかけても応じることは無く、
同じように手をとると強く握り返し、しばらく手を取ったままでいました。


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野歩きのオミヤゲ

2005-11-10 19:05:51 | 花・植物
この時期に野山を歩くとズボンの裾や靴下にもれなくお土産が・・・
お得ですね~

通称は「ひっつき虫」とか「ドロボウ草」と呼ばれますが、
センダングサ、イノコズチ、チカラシバ、ヌスビトハギなどの種です。
鈎状のトゲを持ったものや粘液で張り付くものなど様々ですが、
動物や人間に種を運んでもらうことで勢力を拡大しています。

家の周りでは道の法面などにコシロノセンダングサ(たぶん)が勢力を伸ばしています。
セイタカアワダチソウと同様に北米原産の帰化植物だそうですが、
アメリカ人がズボンの裾につけたまま日本まで??
実際には輸入した穀物や牧草の種、飼料等に混じっていたり、
船便で来るコンテナなどに紛れ込んでくるようです。

そういえば、外国航路のある町では毒グモやサソリ、コブラなんてのも時折見つかるとか。
帰化毒虫や帰化毒ヘビなんてのはゴメンです。
でも、実際にセアカゴケグモは日本で繁殖してるみたいだし・・・
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柿の話

2005-11-06 20:26:41 | 里山
サクラ切る馬鹿 ウメ切らぬ馬鹿
と言いますが、柿ノ木は折るものだそうですね。

サクラの場合は幹に腐りが入りやすいので傷をつけないように。
ウメや柿はさほど神経質になることもなく、
果樹であるがために樹形を整える必要もあってのことでしょう。
ただ、剪定の時期は葉が落ちてからのほうがよいようですが。

こちらでは、竹ざおの先に割れ目を入れ、
小枝などをはさんだ物を「オッパサミ」と呼んでます。
これを使って柿の枝をこの割れ目に差し込んで手元でネジってやる。
すると、ポッキリと枝が折れて柿の実が食べられるという寸法です。

子どもの頃から柿ノ木には絶対上るなといい聞かされています。
柿の木は結構硬いのですが枝は折れやすく、二股になったところは割けやすい木です。
いまは、木登りをする子も見当たらないようですが・・・
それに、柿の実が食べごろになっても何時までも木に残っています。
昔は渋柿でさえ完熟させてから食べたものです。
そういえば、最後に干し柿を作ったのは何時ごろのことだったか・・・

ちなみに、ゴルフクラブのウッドは柿の木(パーシモン)で出来てるって知ってました?
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オフ会@記念プレート

2005-11-05 20:42:13 | オフ会
私の作った駄洒落文にエコさんがデザインして記念プレートを作ってくれました。
打ち合わせも含めると数種類作っていただきました。
でも、ダメダシで数種類作らせたというのが正しいかも・・・
画像とレイアウトデザインのおかげで駄洒落文が格調高そうに見えてます。
オフ会参加のかたにはエコさんからメールで送っていただけたようです。
どうも有り難うございました

こちらも気に入ったらお持ち帰りください。


追記:駄洒落の解説はオフ会@エピローグのコメントの中にあります。
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オツネントンボ

2005-11-01 04:51:55 | 蜻蛉
日増しに寒くなるこの頃、
赤とんぼ以外はほとんど見かけなくなりました。
先日の日曜日に谷津田の畦を歩いていてこんなトンボを見つけました。
薄茶色の、まるで爪楊枝に翅が生えて飛んでいるかのようなトンボです。
私的には初物のオツネントンボです。

よく似た種類にホソミオツネントンボがいますが、
両者ともこのまま冬を越し、桜の咲く頃には活動を再開する変わり者のトンボです。
また、オツネントンボはこの色のまま一生を終えるのですが、
ホソミオツネンは春先からキレイな水色に変化するそうです。
ちなみにこのオツネントンボは♀(メス)です。
以上、トンボ専科のmatszさんの受け売りでした。
matszさん、いつも同定ありがとうございます。

この日はルートハイキングという企画に参加していてこのトンボを見つけました。
ルートハイキングって?という方がほとんどだと思いますが、
隣町に開設予定の残土処分場に反対する住民団体が主催する企画で、
搬入路として予定しているルートを皆で歩こう!!というものです。
この運動が始まって丸二年がたちますが、
ダンプが通る道幅を確保できないように出来そうな状況がつい最近確定し、
計画阻止に向けた運動が注目を集めているところです。
たまたま、会の発足に関わったため主催者側の一員となって今日に至っています。
詳しくは会のHPをご覧ください。
http://www.geocities.jp/umetate350/

ハイキングの途中で見つけた越冬するトンボ
結果がでるのがまた年を越すというご託宣で無ければよいのですが
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