義父が亡くなってから早や1年が過ぎていった。今月5日の子どもの日“うちの奥さん”の里で1周忌の法要が行われた。
子や孫とその連れ合い、それに曾孫を併せて約50人が参加した賑やかな法要だった。50人とは大家族だ。孫の嫁には始めて知る顔もある。顔見せのいい機会にもなった。このような機会でないと親戚のものが相まみえゆっくりと話し合う機会はない。
「法要」の本来の意味は、仏教において釈迦の教え(仏法)を知るということ。つまり仏法の要点・肝要を知ることだ。時代が変わり、上記の用語が転用され、法事・仏事・法会などの儀式祭礼などの仏教行事一般のことをいうようになり、一般的に死者を弔う儀式をさすようになった。
死者を弔う場ではあるが、1年もたつと義父の思い出もだんだんと薄くなる。法事には有縁・無縁の人が集うのだが、日ごろ会うことのない親族一同の近況報告など話も弾み、この場が賑やかな懇親の場にかわってしまった。
お経の後で近くのお墓に全員でお参りした。参加者が揃ってのお墓参りは賑やかだった。捧げられたローソクの灯りと線香の匂いが辺りに漂い、厳粛な気持ちになった。お墓のそばに濃い紫のアザミの花が咲いていた。
来年のことを言うと鬼が笑うというが来年は3回忌。また、みんなが一堂に顔を合わせることができればと祈っている。