団地が造成されたのは昭和47年オイルショックの年だった。近くは孟宗竹の林と、たんぼや畑、その周囲を囲むように竹林からきれいな湧水が用水路のように流れていた。とても静かなところだった。梅雨の始めには竹林をかこむたんぼや畑でホタルの乱舞が見られ、幻想の世界をつくりだしていた。
ところがこの団地、生活するには不便なことこの上なし。バス停までは歩いて約10分と遠くバスの本数もわずか。小学校は近いが、日々の買い物は遠くまで出かけなければならない。
その後40年近くの月日が流れ、団地はすっかり様変わりした。バスも団地の中までやってきた。1時間に1本ではあるがとても便利。大型スーパーやディスカウント店も数店できた。それぞれ歩いていける距離にある。歯医者さん、整形クリニックも近くにある。レストランやコンビニも。近くの魚屋さんでは新鮮な魚がいつもいただける。農協の売店では欠かすことなく新鮮な野菜が手に入る。パチンコ店も数件。不便な事は何もない。住宅も次々と増えてきた。だが、家が建つたびに田や畑が浸食されていった。
昨夜、八景水谷でホタルの乱舞を見て思いだした。団地のホタルどうなっているだろうかと。
竹林から湧き出た水がわずかに流れる用水路。そのそばに小奇麗なアパートが建っていた。防犯灯が真昼のようにあたりを明るく照らしている。バスの終点から100メートルのところに湧水の流れる溝のような水路がある。一方は昔のままの竹林と草むらだが、もう一方はセメントの壁とフェンス。モダンなアパートがすぐそばまで迫っている。この場所まったくと言ってよいほどホタルの出る環境にはない。
ホタルを見ようと来てはみたがこの環境。だめだろうと諦めかけていたとき、林の中でかすかに小さな光が上から下へと動いた。ホタルだ。嬉しくなった。ホタルが一匹飛んでいる。住宅に囲まれた団地の中でホタルが舞う、奇跡のような光景だ。しばらくは時間の経つのを忘れ1匹だけの淋しそうなホタルを眺めていた。しばらたった。するとホタルがだんだん増えてきて乱舞する。暗闇の中に夢のような幻想の世界が広がる。観客は“うちの奥さま”と2人だけ、ホタルの乱舞を十分に堪能できたこの夜は素晴らしい夜だった。それも我が家からわずか100㍍のところで。
団地の中のホタルの里はまだまだ健在だ。自然の偉大さとでもいおうか。余談になるが、団地の方々は近くでホタルが出ることを知ってはおられないようだ。