折にふれ浮かぶ、人を人ひとたらしめているもの、しなやかな人間を創る教育、争いは人間の本性か、の問い。これらを、ゴリラの目で見た人間社会の不思議から解き明かす『ゴリラからの警告 「人間社会、ここがおかしい」』(毎日新聞出版:山極寿一著)。テレビで、著者(現京都大総長)の只者でない存在感を感じていた。若い時からずうっと抱え続けてきた前述の疑問、人生後半に入っても満足な回答は全然得られない。いや、ますます、生半可な体験で少しわかったような気分にだけはなりたくないのだ。
付箋を貼って読む。本の上側が付箋の雑木林(笑)。1章のゴリラと比べる人間の苦悩が興味深い。人間以外の霊長類の脳の大きさは集団規模に対応し、狩猟採集民の村の平均は150人、なんていう話に心動く。このブログの読者数(笑)。年賀状もそのくらいの枚数なのかな。この著作の元が新聞コラムのせいか、ページ毎に唸るツボあり。その分、主題の一貫性には欠けるが、自分の「常識」が振り回されるような快感。父親という余分な役割、なぜ人は誰かと食べるのか、メスと母親、授乳期が短かく多産な人間、近親相姦の禁止が文化の始まり、動物と人間の笑いの違い、白目の効用、老人の社会的な役割…一日の合間合間に読む。小麦粉踏みながら読む。かわいい表紙絵が読みやすさを象徴しているかのよう。
2章「しなやかな人間を創る教育とは」、3章「人類が見落としている平和への近道」に共感。特に、研究と教育が機能する「学生が主人公」の大学への道筋だ。全ての大学教員、いや関係者が絶対にこうであってほしい。この本の良さは内容だが、知性を感じさせてくれる。全編これ「難しいことを面白く~」の表現で、人間を巡る最先端の研究成果を教えてくれる。ゴリラと寄り添える知性は、自分も人間社会も冷静に客観化し、深刻な人間の課題を小気味よく明らかにする。だから、最終頁まで楽天的な気分続く。庶民が期待する大学人とは、こういう人物(波風氏と同じ1952年生)ではないのかなあ。
相当怪しい学長・総長・理事長の噂聞く昨今、こんなリーダーを未だ選べるこの国の高等教育 台風により当地の大イベント中止。よって、何年間も踊りを練習された愛媛19人の方々が来ることできず、その無念さ思うと言葉も無い
公式裏ブログの方で、還暦の時に書いた一文を掲載予定。初心を確認する気持ちで。続けて、45歳時の信州松本旅行記もかなあ。今年が、大きな節目みたいな感じがして。