秀和システム社から2016年1月1日に刊行されたばかりの新刊で、井沢省吾著『エピソードで読む・日本の化学の歴史』を読みました。著者は1958年生まれで、自動車部品会社でプラスチックの成形加工技術の研究開発に従事したという経歴を持つ人のようで、多方面にわたる博学を披露しています。光触媒によるセルフ・クリーニングなど、随所に光関係の記述が見られて、興味深いものです。
本書の構成は、次のようなものです。
江戸時代の蘭学者の活動をもって、江戸時代の日本に化学があったとするのは、いささか評価が甘すぎるのではないかと思いますが、明治~大正期の黒田チカ、丹下ウメさんらの記述はたいへん詳しくかかれています。特に、同年に東北帝国大学理学部に入学した女子は3名であった(*1)こと、もう1人の牧田らくさんは、数学科を卒業後に画家の金山平三と結婚し、彼の画業を支えたことは、本書で初めて知りました。
金山平三画伯(*2)といえば、昭和20年、以前からスケッチのためにたびたび訪れていた山形県北村山郡横山村の村長をつとめた寺崎家に疎開しており、その縁で大石田町や天童市などに金山平三画伯の絵が残されているらしいことは承知しておりました。寺崎家とわが家は姻戚関係がありましたので、画伯が梨の花が好きでよくスケッチしていたことや、夫人が才媛で理学博士であったことなどを伝え聞いておりましたが、まさか日本初の女子帝大生3名のうちの1人であったとは、初めて認識しました。実に興味深いご縁です。
○
本書には、実験室の歴史に関する記載はありませんでしたが、「2050年の化学はどうなるのか?」という未来予測がおもしろかった。とくに、
という見方が、本質的で興味深いところです。
(*1):これまで、化学科の大先輩であった黒田チカさん、丹下ウメさんの二人だけだと勘違いしておりました。
(*2):金山平三~Wikipediaの解説
本書の構成は、次のようなものです。
第1章:黄金の国ジパングに錬金術はあったのか?~江戸時代前の日本の化学
第2章:花のお江戸に化学者がいた!~江戸時代の日本の化学
第3章:成功するまで、根性で実験をやり続けた偉人たち~明治~第二次世界大戦の日本の化学
第4章:元気をくれたノーベル化学賞受賞者の奮闘~戦後の日本の化学
第5章:ユネスコ無形文化遺産に登録された日本の伝統化学技術~和紙と和食の化学
第6章:注目される未来の化学~日本がリードする光化学など
江戸時代の蘭学者の活動をもって、江戸時代の日本に化学があったとするのは、いささか評価が甘すぎるのではないかと思いますが、明治~大正期の黒田チカ、丹下ウメさんらの記述はたいへん詳しくかかれています。特に、同年に東北帝国大学理学部に入学した女子は3名であった(*1)こと、もう1人の牧田らくさんは、数学科を卒業後に画家の金山平三と結婚し、彼の画業を支えたことは、本書で初めて知りました。
金山平三画伯(*2)といえば、昭和20年、以前からスケッチのためにたびたび訪れていた山形県北村山郡横山村の村長をつとめた寺崎家に疎開しており、その縁で大石田町や天童市などに金山平三画伯の絵が残されているらしいことは承知しておりました。寺崎家とわが家は姻戚関係がありましたので、画伯が梨の花が好きでよくスケッチしていたことや、夫人が才媛で理学博士であったことなどを伝え聞いておりましたが、まさか日本初の女子帝大生3名のうちの1人であったとは、初めて認識しました。実に興味深いご縁です。
○
本書には、実験室の歴史に関する記載はありませんでしたが、「2050年の化学はどうなるのか?」という未来予測がおもしろかった。とくに、
中国をはじめとする東アジアの諸国は著しい経済発展を遂げ、科学分野にも進出して来ますが、ノーベル賞級の独創的な研究はあまり発展しないと予測されます。その理由として、独創的な成果を生むには自由闊達な研究環境が必要とされるのに対して、東アジアの儒教的な上下関係や中国の専制的な政治体制が災いするとしています。(p.255~7)
という見方が、本質的で興味深いところです。
(*1):これまで、化学科の大先輩であった黒田チカさん、丹下ウメさんの二人だけだと勘違いしておりました。
(*2):金山平三~Wikipediaの解説