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(ハンサムさんはゴミ捨て場の塀の近くにいました!)
午後から3人の方のお話をお伺いしたが、中でも親族に家畜のような扱いを受けたという元戦争孤児のことばが、深く胸にしみてきました。親族から「人間扱いを受けなかった」という証言です。
15,6歳からたまらなくなって家出した男性はその後米軍のゴミ捨て場などをあさって日々をしのいだのです。2歳下の妹は、身売りされたのではないだろうか、と廊下で話していました。父母を戦争で失った6.7歳の子供の戦後のたいへんさが、その表情の中にありました。学校も十分に行かなかったので字も読めず数字も定かではないとのことでした。PTSD障害で診療内科に通院している男性は、父親の姿を知らず、自らが結婚して家族を持った時、父親になりきれなかったとも話してました。3人の子供の内、お一人は自殺、もう一人は施設に収容され、一人の息子は人並みの生活をしているようなお話でしたが、妻になった女性はその後家から出ていったとのことです。うつ病にかかり、仕事も順調ではなく、戦後苦労をしながら生活してきたことが伝わってきました。それでもお話は断片的で、一人の男性の人生を知るには何度でもお話を聞かなければ分かりません。今怒りを胸に秘めながら氏は闘いに挑んでいるようでした。自らの人生を語る事無く死んでいった方々は多いはずですね。一人の人生をたどることのたいへんさがあります。幼くして戦争の修羅を目撃し、その場を必死に生き抜いてきた方々の証言の深さを、同じ位相で追体験することはできません。想像し共感することはできても、氏の人生をまるごと理解することは難しいです。ひょっとして妹は売られたのではないか、と話したことばが気になりました。弱肉強食の太い流れがあり、その支流でも様々に弱者が強者に毟り取られている歴史の過去があり、現在であると言えるのかもしれません。
しかし、Sさんはこの間生き抜いてきたのです。癌の手術も受けたというSさんの眼はとても冷静で、乾いているように見えました。80代の身体と精神は、まだ理不尽な歴史に闘いを挑んでいたのです。生きるために食べるために懸命に日々を生き抜いてきた人生の終幕がどう訪れるのか、人は類型を生きながらも、しかし固有(個別)のドラマを生きているのですね。同じに見えて同じではない人生ですね。