(アロエの花です!今まで意識して見ていなかったのですが、いいですね!春です!)
仲井真知事の理不尽さに、裏切りだと判断し、辺野古移設反対の翁長さんに一票を入れました。仲井真さんの裏切りを覆してくれることを期待したのです。しかし、翁長さんや平良さんたち、辺野古のキャンプシュワーブに鳥や蝶が飛ぶ未来を見せてくれた皆さんが、その選挙のスローガンを実現する方向で活躍されているのか、気になりますね。
昨今とても気になっているのは、キャンプシュワーブ内、陸地での新基地建設の推進です。そこでハットしたのは、なぜ、平和連絡会議のみなさんは、キャンプシュワーブ基地の返還や開放を要求しないのか、ということです。
埋め立てによる新基地はあくまでキャンプシュワーブと一体となって建設が進められています。ならば従来の基地機能を覆す運動理論がなければ、現在の反辺野古移設運動の欠陥は当初から見えていたことになります。基地内は治外法権で米軍とそれに加担する日本政府の思う壺で、彼らの意のままに使用されています。軍用地主の市や個人は、そこから土地借用代がたくさん入ってくればそれでいいというスタンスでしょうか?ならばおかしい現実ですね。シュワーブの返還・解放を要求すべきです。そうでないかぎり反辺野古の新基地建設運動も欺瞞性がそこにあるということにならないでしょうか?ゲート前で治外法権の基地に入り込む砂利やコンクリート運搬ダンプをとめれば勝利を得るは嘘になります。
ずっと高江や辺野古で反対運動の先端で頑張ってきた目取真 俊さんは今まで「埋立て承認撤回」についてブログでも言及しなかったのですが、その日々全身で向き合っている作家が翁長さんの決意を『琉球新報』の紙面【2017年4月19日】で促しています。それまで「忍の作家」が声をあげざるを得ない状態は、危機感を覚えます。日本政府は強権・鞭をふるっている現状です。抵抗は蹂躙される者の権利です。陸と海の機動隊を動員しての強行は、沖縄への差別であり、さらに踏み付けにする意志の表示に他なりません。
二度と沖縄を戦争の防波堤にするなです。何十万人も先の大戦で犠牲にした日本です。彼ら政府首脳陣を信頼することができるでしょうか?麗しい日本国憲法が安保条約の下部構造でしかないこと、屈辱的な憲法遵法を余儀なくされている事実を、はっきり歴史で教えるべきですね。治外法権の基地が陸、海、空共に張り巡らされている現況は、戦後の悪夢がこの亜熱帯の空の下で続いていることを示しています。やれやれ!物資的な便宜や豊かさと比例して鎖はそこにありつづけるのですね。その鎖をどのように外すか(切り裂くか)問われていますね。
なぁなぁとてーげぇー、曖昧さの中で自らの首をジワリと絞めていく現実と未来を、沖縄県の舵取りをする首脳部は、断固阻止してほしいですね。
埋め立て承認の取り消し、撤回は翁長知事の選挙公約です!と目取真さんは『琉球新報』の論稿に書いていますが、筋を通すことは重要ですね。
政治運動に積極的に係わっていないので、詳細はよく分らないところが多いのですが、宜野湾に住んでおられた恩師の米須興文先生はオスプレイが飛ぶ通路に住んでおられて、戦場のようだと年賀状に記しておられました。そして目取真さんが『沖縄「戦後」ゼロ年』に書いているように、戦後はまだ終わっていないのですね。米軍が国際法に反し、かつ昭和天皇がアメリカに沖縄を投げ出したとされる天皇メッセージが実在し、沖縄は戦後27年間米軍の占領下に置かれました。1972年の日本復帰後もしかし実態は変わりません。なぜでしょか?日本政府が沖縄を内国植民地状態に据え置いているからですよね。安保条約の地位協定を改定する独立国家の矜持もなく、強い軍事帝国アメリカに尻を振ってその核の笠の下で経済復興を成し遂げ、グローバル企業の恩恵を受けている大企業が多いのでしょうか。
辺野古埋め立て・新基地増設反対と同時にキャンプシュワーブの返還と解放を要求することがなぜできないのか、どなたかよくご存知のみなさんに教えていただきたい。