たのしい夢日記

京都奈良寺社巡り・思い出・読んだ本…日々のあれこれを写真と共に。

母の入院記録3

2007-07-22 01:30:11 | 母の記憶
母が札幌厚生病院で治療を受けていた頃、メモ帳につけていた日記もこれで3度目のアップになる。

1月17日、この日に病院で撮影された写真も数枚アルバムにある。
実名なので名前は消しているが、札幌に住む私の親友が母を訪れてくれたときのものである。

随分とおしゃべりをして、楽しい日だったらしい。

親友が話相手をしてくれている間に、偶然叔母、いとこ達がそろって見舞いにやって来たのである。めったに会えない本州に住む叔母もいっしょだったので、まさか、と嬉しい驚きだったらしい。
親友が何枚か、母だけのもの、叔母達と一緒のところ、など写真を撮ってくれた。
うれしそうに笑っていて、このままよいほうに向かうのでは?と思ったくらい元気そうに見える。

結局そうはならなかったけれど。

大阪に住んで仕事を持ち、なかなか帰省できない私に代わって楽しい日を母に過ごさせてくれた親友に感謝の気持ちでいっぱいである。

この日のことは、母自身、父、叔母達、親友、それぞれから話を聞き、写真も残っており、現実味があって、私にとってとても「立体的」な日記である。
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4 コメント

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おばさん (エース)
2007-07-23 00:25:15
この間、会ったときに、そんな話には全然ならず、何気ない話になったけれど、実際に会って話をするのは、もう少し時間がたってからのほうが、私にとって、いいかなーと思ったので、こうして、活字にしてしまいます。ごめんね・・おばさんは、私も憧れるような女性でした。病室に行ったときのおばさんは、いつもどうり、とても身奇麗にしていて、とてもそんな病気とは思えないようでした。多分、30分くらい話をしていたときに御親戚の方たちが来たと思います。なにも変わらずに、会話(何気ない)をしていたと思います。何よりも、君のことを愛してやまない
方だったので、私にとっては、最後でしたが、飛行機で貴方のお家に、行ってとても安心した。と言う話は、2回以上は聞きました。同居人の方の話もとても幸せそうに話をしてくれました。そーだよね。あれから何年過ぎたかな・
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エースさん> ()
2007-07-24 01:42:41
このあいだは、母の話というより、私も色々な積もる話をしたかったので…気を使ってくれてありがとう。

母には、私がよい友人を持っている、ということもとても嬉しいことだったようです。
「わざわざ来てくれてね…びっくりしたよ…」と本当に嬉しそうでした。
いつもエースさんのことはほめていて、お気に入りでしたからね…。

あれからまる4年になるんですよ…早いものですね。
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 (紫陽花)
2007-07-30 20:46:03
私には同じようなことをしてくれる友達いるかな・・?って思わず考えてしまいました。最近、よく考えてしまうんですよ。私にとって友達っていったい何だろうって。まるで思春期の女の子みたいですけれど。目に見える確かな存在ではないから、尚更です。でも、やっぱり、何を感じ考えたかではなくて、どんな言動だったのか、ですよね。考えたけれど何にもしなかった人より、考えて行動した人を私は信頼します。本当にすばらしい友情関係ですね!
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紫陽花さん> ()
2007-08-02 21:27:04
私も考えますよ…
友達って何?って永遠のテーマかも。
何をもって友達と呼ぶのか?
一緒にいれば友達か、というとそうでもないように思うし。

>考えたけれど何にもしなかった人より、考えて行動した人を私は信頼します。

賛成です。それで失敗しても、後悔の度合いは小さいと思うし。


エースさんは幼馴染で、私にはもったいないような友達です。
数年に一回、位しか会えないんですよね。それでもやはり大事な友達。

今では、紫陽花さん始め色々なお友達がネットで増え、やはり、会えなくても気持ちが合えば(会えば)友達なのかな、なんて思っています。

これからもよろしくお願いいたします!
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