たのしい夢日記

京都奈良寺社巡り・思い出・読んだ本…日々のあれこれを写真と共に。

14回目の夏・母と写真

2008-07-22 00:55:06 | 母の記憶
大阪に引っ越してきたのは1995年の8月4日、真夏も真夏、湿度も最高、という時期だった。
これで14回目の関西の夏だ。



引越し荷物を送り、95年の8月4日にとうとう大阪に発つことになった。
金曜日だったのを覚えている。

その日の岩見沢はからっとした、北海道らしい上天気の日、母が庭の花の写真を撮り始めた。

実家の庭は夏、花だらけである。
いったい何種類の植物があるだろう?
薔薇、クレマチス、ペチュニア…北海道では、紫陽花と薔薇とコスモス、春と夏と秋の花が一緒に咲いたりするので、夏は美しい。

母は花の中に私を立たせて写真を撮った。

庭の写真ついでかと思っていたのだが、後から考えると、その日家を去る私の写真を撮るつもりだったのかもしれない。
何度も家を出てはあちこちに行ってしまう娘だから、慣れてはいただろう、それほど感慨のある様子もなく見送ってくれたが、やはり記念に、と思ったのもあるのかもしれない。

こちらに来てから送った私の写真を、居間に飾っているのを帰省したとき見てびっくりしたこともある。私の背後の、奈良の長谷寺の牡丹を見せるつもりで送ったのだが。

入院中も、病室の壁に私の写真が貼ってあった。
学校で生徒さんと写したものだが、父の話ではとても気に入ったらしく、私の部分だけ切り抜いて、無造作にセロテープで貼ってあった。
大きく引き伸ばした写真だったので、目立っていて、よく看護師さんたちに「これ誰?」と聞かれていたそうだ。

母が亡くなって、その写真も片付けて持って帰ってきたはずだが、どこに行ってしまったのだろう?荷物の中にも見当たらなかったように思う。

もしかしたら亡くなったときに、母が一緒に持っていってしまったのだろうか?などと考えることもあるのである。



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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
リスさん> ()
2008-09-03 01:59:23
うちで消しゴムを?こちらこそ、ありがとうございました。

それにしても良く覚えていらっしゃいますね(^_^;)
すごい記憶力!!

そうそう、リスさんは転校されましたもんね~。
○○商店はずっとあったのですが、家だけそちらに建てまして、ゴハンは店のほうで、夜はそっちで寝る、というような状態でした。

その○○商店も、私のシドニー留学中だったかな?建物も壊されて、今はなにも残っていません。
あのあたりは道路も付け替えてしまったのでちょっと変わってしまいました。
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な~るほど^^ (リス)
2008-09-01 17:37:56
ありがとうございます

そうです。私が知っている「ご実家」は2条に面していてそのまんま小学校に通じていた○○商店さんです。
いまでもお店をたずねていったときのお母様のお顔
覚えています。
確か消しゴムを売っていただいたのかな?

私は小5の夏休みはいるときに緑ヶ丘に越した関係で小学校転校していますので新しいご実家、知らなかったわけです(汗
ありがとうございます。
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リスさん> ()
2008-09-01 13:55:09
リスさんのご存知の我が家は「○○商店」ですよね?
あそこからそのまま10メートル位一条側に入ったところ、一条と二条の間にあるんですよ。
小6のとき家が出来まして…。
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このおうちは? (リス)
2008-08-26 12:31:50
私が知っている「お店のあった場所」とは違うのですね?

きっと「セロテープで貼られていたお写真」は今天国のお母様の傍らにいらっしゃるのでしょう。

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エースさん> ()
2008-07-27 19:12:16
宝塚とベルばらの??なにかまだ置いてあったっけ??

追いかけられる夢の話をしたのは覚えてるよ。今でも結構見るけど、意外に逃げ回って楽しんでいるときもあるんだよ。
どうも、つかまらないことがわかっているみたいなんだよね。


親の愛情と言うのは、自分が親になって初めてわかる、と言う人もいますが、そうなのかな?


自分よりも回りのことが、というのは、私がいつもエースさんに感じていることです。
キミは子供の頃からそうだった。
自分は我慢して人に譲ったり、していることが良くあったよ。
私には到底出来ないな、と今でも思います。

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8月4日 (エース)
2008-07-25 00:52:37
そうかー。夏のくそ暑い日だよね。君が大坂に行く少し前に、ダンボールだらけの二階の部屋と、相変わらず、宝塚とベルバラの匂いのする君の部屋に行ったのは。君は夢見が悪いと言っていた。追いかけられる夢ばかりみるとか、言っていたよ。不安で一杯だよね。帰ったと思えば、今度は大阪で、それは、いろんな意味で、君が一番、覚悟した時なんじゃない?きっと、おばさんは、親の感で、分かっていたんじゃない?親の愛情は果てが無いよね。多分、親から愛情をもらって、それを消化していくものなのかな。そうでないと、みんな、我慢しない人間ばかりいて、愛情なんて伝わらないのかね。親の時代のひとはみんなすごいよね、自分よりも周りのことだかからさ。そうありたいな。と思うこのごろです。まだまだ、煩悩が邪魔をするけれどね。
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