こだわり米専門店スズノブ 西島 豊造(五ツ星お米マイスター)の豊かに造ろう

様々な現実を見つめらがらも、日々を前向きに考えて進んでゆくためのブログです

お伺いはする予定

2015年12月25日 09時19分17秒 | Weblog
今回の田舎館村ブランド米は、平成21年に鈴木孝雄村長の号令のもと、県産米の食味向上の発信地となることを目指し発足した「米食味日本一プロジェクトチーム」を母体として平成24年1月に創設された良食味米栽培に取り組む生産者の団体「稲華会(とうげかい)」と、田舎館村役場と一緒に実行していく。

でも、ブランド化していくためには、お米の品質管理等の問題があるので、ブランド化計画の骨組みが出来た段階で、JAにも協力してもらえるかの、お伺いはする予定。
もしも、JAの協力が得られない場合は、「田舎館村役場と稲華会とで、進めていくしかない」という結論を出すしかないだろう。

このブランド化計画は、田舎館村の地域の活性化のためなので、出来れば全体で取り組みたいものなのだが、実際には、やっぱり不可能なんだろうと思っている。
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引き継ぐもの

2015年12月25日 08時36分53秒 | Weblog
青森県田舎館(いなかだて)村には、弥生時代(約2000年前)の遺跡、日本北端の水田跡「垂柳(たれやなぎ)遺跡」がある事を知っているだろうか。

http://www.vill.inakadate.lg.jp/_common/themes/inakadate/maibun_hp/html/t01.html

ここで水田跡が発見されるまでは「東北地方北部に弥生時代はなかった」と言われていた。
しかし、以前から出土していた弥生式土器と合わせて、昭和56年に水田跡が発見され、東北地方北部にも弥生時代が存在していたことが証明された。

つまり、垂柳遺跡の水田跡の発見は、考古学史や農業史を書き換えるほどの大発見だったのだ。

実は自分は、この遺跡を知らなかった。
なので、見たときに衝撃が走った。
「とんでもない宝物だ」と直感的に理解した。

よって今回作る、田舎館村ブランド米については、この歴史を盛り込みたいと思っている。
しかしまだ、どの様に盛り込んだら良いのかは、全然見えていない。

元農業土木の図面屋として、遺跡の価値の凄さが判るぶん、簡単には扱えない。
しかし伝えたい。
知ってもらいたい。

しばらく考えるしかない。
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