弓倉弘年氏の著作『中世後期畿内近国守護の研究』をネットで注文。届くのが楽しみです。河内畠山氏の研究も結構進んできたなあと思う。弓倉氏の論文が体系的に見れるのはありがたい。森田恭二氏の『河内守護畠山氏の研究』はどんな本屋でも見てもものすごく値段が高くて困る…。
能登畠山氏研究では、『加能史料』の出版で原典にあたるべく東四柳史明氏が奮闘なさっている。また、久保尚文氏の論文「法華宗上行寺蔵サンキ明王伝来試論ー能登守護畠山義綱の楡原城滞在と病状ー」(『富山史壇173号』2014年)では、永禄九年の政変で追放された畠山義綱が越中の細入谷滞在したことを証明しようという新しい動きが見られる。
さらに、大阪市立大学では、川名俊氏が「戦国期能登畠山氏権力と北陸地域」を研究テーマとし、『地方史研究』の第364号(63-4)(2013年8月号)で「中世後期能登における七尾・府中の性格と展開」という論文を書いている。川名氏は「戦国期における守護権力の展開と家臣-能登畠山氏を事例に-」『ヒストリア』第248号、2015年)という論文も書いており、今後も能登畠山氏関連の論文が期待できそう。平成30年度には七尾市博物館も開館するので、能登畠山氏の研究も一部進むのではないかと思う。
金沢学院大学の修士論文では、
「室町期能登守護畠山氏の研究」(平成26年度)
「中世能登の生産と流通―珠洲焼を中心として―」(平成25年度)
「戦国期能登内浦の領主と村落」(平成23年度)
「戦国期能登国一宮気多社と吉田神道―吉田兼右への返伝を中心に―」(平成22年度)
と戦国期の能登の修士論文がたくさん。修士論文は一般の論文のように簡単に閲覧することはできないし、まだまだ考察が博士論文に比べ足りないこともあるが、これが博士課程まで進んで一挙に研究が進んでくれたらなあと希望する。
仕事が忙しくなりちょっと歴史から遠ざかっていたらどんどん研究が進展しているなあと思う。どんどんみんなやりたいことをやって成果を出しているんだなと思うと、どんどん仕事が忙しくなり、歴史から遠ざかる自分がなんかさみしく感じてもしまう。かといって今更歴史研究で食べていけるわけではない。なかなか難しい問題だ。
今度、能越自動車道が完全開通したこともあり、来年(2017年)あたり自分で能登まで足を延ばしてみようかなって思ってみた。
能登畠山氏研究では、『加能史料』の出版で原典にあたるべく東四柳史明氏が奮闘なさっている。また、久保尚文氏の論文「法華宗上行寺蔵サンキ明王伝来試論ー能登守護畠山義綱の楡原城滞在と病状ー」(『富山史壇173号』2014年)では、永禄九年の政変で追放された畠山義綱が越中の細入谷滞在したことを証明しようという新しい動きが見られる。
さらに、大阪市立大学では、川名俊氏が「戦国期能登畠山氏権力と北陸地域」を研究テーマとし、『地方史研究』の第364号(63-4)(2013年8月号)で「中世後期能登における七尾・府中の性格と展開」という論文を書いている。川名氏は「戦国期における守護権力の展開と家臣-能登畠山氏を事例に-」『ヒストリア』第248号、2015年)という論文も書いており、今後も能登畠山氏関連の論文が期待できそう。平成30年度には七尾市博物館も開館するので、能登畠山氏の研究も一部進むのではないかと思う。
金沢学院大学の修士論文では、
「室町期能登守護畠山氏の研究」(平成26年度)
「中世能登の生産と流通―珠洲焼を中心として―」(平成25年度)
「戦国期能登内浦の領主と村落」(平成23年度)
「戦国期能登国一宮気多社と吉田神道―吉田兼右への返伝を中心に―」(平成22年度)
と戦国期の能登の修士論文がたくさん。修士論文は一般の論文のように簡単に閲覧することはできないし、まだまだ考察が博士論文に比べ足りないこともあるが、これが博士課程まで進んで一挙に研究が進んでくれたらなあと希望する。
仕事が忙しくなりちょっと歴史から遠ざかっていたらどんどん研究が進展しているなあと思う。どんどんみんなやりたいことをやって成果を出しているんだなと思うと、どんどん仕事が忙しくなり、歴史から遠ざかる自分がなんかさみしく感じてもしまう。かといって今更歴史研究で食べていけるわけではない。なかなか難しい問題だ。
今度、能越自動車道が完全開通したこともあり、来年(2017年)あたり自分で能登まで足を延ばしてみようかなって思ってみた。