畠山義綱のきままな能登ブログ

畠山義綱が見てきた史跡を紹介します。
時々、経済や政治などもつぶやきます。

増山城訪問記~その2~

2018-11-21 18:44:00 | 歴史

増山城訪問記~その2~

前回は、登山口まで行きましたので、その続きです。

登山口の冠木門をくぐり、いよいよ城跡に入ります。

 ここは遊歩道らしいです。この道の良さはよく整備されていますが、近年の整備なんでしょうね。

 この遊歩道から高い所から囲まれており、守備面でも守りやすそうです。この通路か最初に間違えて行った七曲りというルートが「大手道」(一般的な登城ルート)と考えられているようです。この遊歩道では中世の土師器や下駄、漆椀が出土しているらしいです。



 遊歩道の終点に土塁の先に竹柵で区切られた郭がある。F郭と名付けられている。その名称は古地図に地名の記載が無いから、城郭研究家が呼んでいるものに合わせたという。大手道と思われる北側ルート(和田川ダム)からの最初の防御拠点となる。



 このF郭を進もうとすとさらに大きな土塁が立ちはだかる。これは「馬之背ゴ(E郭)」と呼ばれており、北側ルートから来るF郭を見下ろすL字型の郭であることから、それを守護する袴腰や櫓台のようなものかもしれない。発掘調査により、16世紀に郭が拡張されたことがわかっている。



 F郭や馬之背ゴから少し東に戻ると「又兵衛清水」がある。又兵衛が発見した湧き水と言われており、この日も綺麗な湧水が見られた。本丸に近いところでの湧水は、籠城を想定した場合とても大切な場所だと考えられる。



 「又兵衛清水」と一ノ丸の間には2段に渡る石垣のような石が土塁に見える。この写真から壁が人工的に作られたことがわかるが、国指定史跡なのだからもうちょっとキレイに手入れしてくれても・・・とも思う。

その3へ続く