ぬえの能楽通信blog

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新年NHK放送の『春日龍神』

2006-01-08 15:26:46 | 能楽
去る1月3日にNHKにて師匠・梅若万三郎による『春日龍神』龍女之舞が放映されました。割と珍しい小書だと思うので、概要を記しておきます。

前シテはツレを伴って登場します。前ツレはシテと同装の神主の姿で、ただし直面であるところがシテと異なります。これは地謡の文章に「我は時風・秀行ぞとてかき消すように失せにけり」とあるところから工夫されたのでしょう(時風・秀行は春日明神が鹿島から移る際に供奉した人物)。今回は放送時間の都合でシテとツレが登場してすぐの謡のうちサシと下歌を省略しましたが、本来は省略はなくすべて二人で謡います。

上歌の終わりにシテは正中・ツレは角に行って、それからワキとの問答になるのは脇能を意識した演出ですね。この小書の時は「笠置の解脱上人をば次郎と頼み」の一句をツレが謡います。

ツレは初同の地謡「三笠の山の草木も」と地謡の前に行き、すぐに後見が両肩を下ろし、シテは地謡の終わりに正中に座して、そこで肩を下ろします。これも脇能に特徴的な演出で、箒を持って境内を清める労働をする姿から、神職本来の姿、というか実は本性は超人間である事を暗示します。

中入では地謡のうちにシテは橋掛り二之松のあたりに行き、ツレは常座にて「我は時風・秀行ぞとて」とワキへツメ、「かき消すように」とシテは幕へ走り込み、ツレは来序を踏んで静かに中入します。数年前に研能会で上演された時には中入の来序はナシで、間狂言の社人が立ちシャベリをしましたが、今回は放送のため狂言はナシでした。お囃子方に聞いたところ、来序を演奏する時には本来間狂言はナシで、すぐにツレの登場音楽である出端につなげるそうで、シテは早装束となるそうです。このへんは色々なやり方があるようですね。

後は出端の囃子で龍女が二人登場します。この役もこの小書の時だけに登場する役なのですが、普通は龍女は一人だけが登場するのです。ところが師家の古い形付に「二人の龍女が出る」という書き付けがあって、今回はそのやり方で演じてみる事になりました。(数年前の研能会での上演でもそのやり方で演じられました)。そのようにこの機会に師家に伝わる古い演出を復活させてみたのですから、あるいは二人の龍女が登場するのは師匠のお家だけかもしれませんね。

ツレの舞は、一人が舞台で舞い、もう一人ははじめ橋掛りで舞っていたのが途中で舞台に入ってあとは舞台で二人で舞います。この舞は本来「天女之舞」であるところを、今回は師匠の工夫によって「早舞」に替えました。ツレが早舞を舞う、というのはあり得ないのですが、これは師家に古い名物面の「龍女」があって、またその同じ面の古い時代の写しも所蔵されているので、今回のツレはその二つの同じ面を使ったためです。あの「龍女」に「天女之舞」はいかにも似合わないですからね。この「龍女」の面は師匠が『海士』で時折使っておられる面で、シテ用の、それもかなり特徴的な面をツレに使わせているところが、今回は非常に贅沢な演出なのです。

ツレ龍女は出端で登場して、すぐに早舞を舞い、それが終わると地謡が「龍女が立ち舞う波乱の袖」と、本来の地謡の順序を違えて謡います。それから「浮かみ出づれば」の後に幕際に出た後シテが「八大龍王」と謡い、静かな早笛が奏されるとシテはいったん幕に下がり、あらためて登場します。シテが一之松に止まると地謡は「時に大地、震動するは」の部分を謡い、「仏の会座に出来して御法を聴聞する」とシテとツレの三人が膝を屈して正面に拝する型があり、「これも同じく座列せり」のあと地謡が続けて「八大龍王」と謡い、舞働はナシに、すぐにシテ「八大龍王は」地謡「八つの冠を傾け」とキリになります。キリは静かで、「龍女は南方に飛び去り行けば」とツレ二人が幕に入ると急に地謡の位が進み、最後はシテは常座でトメます。

今回は ぬえは地謡で参加していましたが、前ツレと後ツレ・二人目の龍女の装束を着けさせて頂けましたー。