ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

まばたき。(その2)

2006-01-27 02:46:01 | 能楽
ぬえは海外の大学などで教える機会も割と多いのですが、生徒には まばたきの事も最初にシッカリと教えます。自分が動かない場面でも演技に気を抜かない、という事を理解させるためですが、ところが生徒は仕舞の実技の稽古を進めている間にこれはすっかり忘れてしまっています。ま、これは仕方がない。見も知らぬ東洋の舞の動作を覚えるのに彼らは精一杯でしょうから。

数日間 生徒に仕舞など実技の稽古を進めてから、最終日には彼らの発表会をして締めくくりになります。まあ、多くの生徒は一緒に舞ってあげている ぬえを盗み見しながらなんとか舞う、というのが多いのですが、それまでの稽古の日程の中で熱心な学生を見つけては「君、最終日に一人で舞ってみない?」と勧誘してみると、中には「はいっ!ぜひやらせてください」と発奮してくる子もいます。そして最終日。発表会の最後にこの生徒に仕舞を舞わせてみると。。さすがに一生懸命覚えてきて、仕舞の出来もよろしいのですが、あら不思議、この生徒は まばたきをしないのです。

じつは ぬえは仕舞の出来なんよりも、この生徒が無意識に まばたきを止めるだろう、という事をはじめから期待していたのです。舞い終えたところで みんなで拍手で賞賛してあげてから、さてすべての学生に「彼(彼女)が まばたきを止めていた事に気がついた?」と聞いてみる。やはりほとんどの生徒は気がついていますね。で、気づいていないのは舞った本人だけだったりする。。(^^)v

ぬえは生徒にはここに気がついて欲しかったのだし、これでいいのだと思っています。ぬえ自身は能の中では 場面によって まばたきさえも演技に大きな影響を与えてしまうことを恐れるから気を遣うのだけれども、西洋演劇の世界で生きていく事を目標にしている彼らには、能の実技を短期間習ったからと言って、それが彼らがめざす演劇にどれほど役に立つか、は疑問でしょう。むしろこの講座によって、集中によって身体が無意識に制御される事を学んでもらえればよいのではないか、と思っているから毎度やってみるのですが、彼らにとっても斬新な経験に感じてもらえるらしく ぬえはよろこばしい。(^◇^;)

まばたき、ってのは改めて考え始めると難しいものですね。ぬえは書生時代からよく稽古の際に師匠から「舞台を後ろの方へ廻るときに。。おいっ、背中がスキだらけじゃないか!」と叱られたものです(今でも叱られますけども。。)。まばたきについては師匠から注意を受けた事はないけれど、このような師伝を自分でかみしめて稽古を続ける中で、いつの頃からか気をつけるようになったのです。

能楽師は、修行の初期には師匠から稽古で教えて頂いた事に忠実に従いながら普段の舞台や楽屋で実際の動き方を学んでいきますが(そしてそれは一生続く事になるのですが)、あるところから自分の芸について深く考え始めることになります。いま自分が進んでいる道は正しいのか? 自分は、少しずつであっても進歩しているのか? これは能楽師であればみんなが悩む事でしょうね。それがやっぱり一生続くのでしょうが、そこから能楽師の個性が育まれ始めて、それぞれが自分なりの稽古法とか日課の鍛錬などを持ち始めるのかなあ、なんて思っています。まばたきは前に書いたように稽古で身につくのではないのだけれど、気構えによって自然に身につく事を知った時は驚きました。んー勉強のタネは尽きないねえ。。